「……信じない……」
ようやっと言えた台詞。 今の彼にはその思いが、細い支えだった。 「ジュネさんは生きている!」 瞬はそう言って争いの女神を睨み付ける。
エリスは呆れた様な表情をした。 「アンドロメダ。 何かを信じるのは勝手だが、楽観した発言は控えろ。 虫酸が走る」 そして争いの女神の瞬を見る眼差しが、怒りに満ちる。
「えっ……」 「奇麗事を支える為に、あと何人犠牲にするつもりだ」 エリスの言葉に、その場にいた全員が驚き言葉を失う。 「正義に殉ずるのが聖闘士の定めならば、お前達の行為は確かに非難される謂われはない。
ならば、何もかも犠牲にするがいい。 お前が手を離した直後、カメレオン座の聖闘士は自分の師匠と兄弟子達を、たった一人で埋葬していた。 一度でも邪悪に屈した聖域に、遺体とはいえ自分の師匠と仲間を引き渡したくなかったからだろう。
貴様が仲間と共に前だけを見つめ正義の為に闘っている時、あの者は孤独の中で自分の運命と闘っていた 。 あの時、あの聖闘士が何を考えていたのかなど、生涯お前には判るまい」
エリスの言葉に、瞬は目を見張る。 「たった一人で……」 「そうだ。 あの時は見直したぞ。アンドロメダ」 彼女は嘲笑う。
その微笑は寒々しい美しさだった。 「……だって……、聖域から手厚く葬ったって……」 「それなら、その言葉を信じ続けろ。 幸福を望むなら、真実から目を逸らすのも必要だ」
葬ったのではなくて、葬られていたという報告が歪められていたのだろうか? この瞬間、彼は情報が間違っていた事に気付いた。 存在したのは悪意ではなくて、誤解だったのかもしれないが……。
どんな理由があるにしろ、彼女に対して自分が行った仕打ちは許せるものではない。 「……ジュネさん……」 名前を口にした途端、彼女との思い出が脳裏に蘇る。
幼くて弱かった自分を守ってくれた彼女。 仮面を外して素顔を見せてくれた、あの瞬間。 だが、もう会えないのだ。 彼女は太古の女神に捧げられてしまったのだから……。
「……先生の仇を討つ。 そうジュネさんに言ったけど……。 ジュネさんが反逆者の弟子っていう事で、聖域から狙われるのは絶対に阻止したかった……」
「今更だな」 エリスは容赦しない。 瞬は争いの女神を、再び睨み付ける。 「それなら、僕は彼女を探す……」 「探すだと?」
「そうだよ。 絶対に見つけてみせる。 エリスだってジュネさんが死んだ所を見たわけじゃないだろ!」 思わぬ反撃と決意の言葉に、エリスは驚く。 「……何をバカな事を……。
あの場から聖闘士が脱出可能なわけがない」 「エリスの言葉は推測の領域だ。 それなら例え低い確率でも、僕は生きている方に賭ける」 エリスは無駄な事を……と、言いそうになって、思わず笑みを浮かべてしまう。
絶対者に挑む者は、基本的に嫌いではないからだ。 過去の自分が、瞬の決意を心地よいと感じている。 (……こやつなら、成し遂げるかもしれない……)
それは、確信にも近い感覚。 しばらくの沈黙の後、元『競い』の女神は可笑しそうに笑った。 「ならば、アンドロメダの神聖衣の所有者。 今まで手にしたものを携えて、女神の審判を受けるのだな。
お前の心に曇りがなければ、太古の女神達が動いてくれる。 探してみろ。 この広い世界だ。万が一と言う事もある。 だが、向こうはお前の邪魔はもうしないと言ったんだ。
さっさと諦めた方が、時間を無駄にしないで済むぞ」 だが、彼は動じない。 「例えそれが本当だとしても、僕は直接ジュネさんから聞く」 それ以外は誰の言葉も聞く耳もたないとまで、瞬はきっぱりと言い切った。 |