「それより、あの女神様は貴女とよく似ていましたが、御姉妹ですか?」
質問の意味がわからずテティスはキョトンとしたが、ようやく理解すると首を横に振った。 「……多分あれは、昔の私だと思います……」 すると今度はジュリアンの方が驚きの声を上げる。
「すると、貴女は女神様なのですか?」 いきなり彼は目をキラキラさせてテティスの手を掴む。 顔を近づけられて、彼女は慌ててジュリアンから離れた。
掴まれた手の暖かさに、彼女は自分の体温が上がったのが判った。
「ち、違います! 私は……」 人間です、と言いそうになって言葉を呑み込む。
人間の世界を嫌い続けた自分が、そのような事を口にするのは屈辱的であり敗北のような気がしたからである。 しかし、女神だと誤解されるのは避けたい。
困惑する彼女を前に、ジュリアンはにっこりと笑う。 「自分を認めてあげて下さい。 そうでないと影に自分を呑み込まれてしまいますよ」 「えっ……?」
「貴女は昔の私によく似ているのですよ。 何かに自分を当てはめて、それ以外の自分を潰そうとしている部分が……」 「……」 「私の場合、周囲の人間がそれを望んでいましたから良い事だと思っていましたが、
これは他人に自分の思考を委ねていただけだったのです。 周囲の大人にとって私の人格は、破綻していても特に問題はなかったんですよ。 結構、怖い話ですよね」
そう言って笑うジュリアンの表情に、テティスは何処か寂しさを感じた。 「そんな環境だったから、思い切って自分が足枷だと感じたものを全て棄てました。
そうでなくては、逆に生きている事を最初から放棄したも同然だったからです」 彼の表情は、あくまで穏やかだった。 「……ジュリアン様……」
「今、私は友人と世界中を旅しています。 貴女に彼のフルートの音色を聞かせてあげたいです。 とても綺麗ですよ」 「……」 テティスの脳裏に、優しい顔だちの海将軍が思い出された。
彼のフルートの音色は、とても優しくて好きだった。 不意に彼女の目から涙が零れる。 「……皆さんに逢いたいです……」 一人で海を見ていた自分。
人魚姫の鱗衣を得て、自分の居場所を得た時の喜び。 目的の為に前を見続けていた、あの時。 目の前の青年を地上へと返した時、確かに自分は彼を守れて良かったと思った筈である。
その気持ちを気の迷いと思うのはいったい何故なのだろうか? 「逢えますよ。 貴女は帰るべき場所をお持ちなのだから」 「……」
「ただ、私の方は……」 ジュリアンが困った様に首を傾げた瞬間、彼の姿は霧の中へと溶け込んでしまった。 「ジュリアン様!」 テティスは驚いて周囲を見回したが、もう彼の姿は何処にも無かった。
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