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武神 5

『理想論だな』
「……」
『だが、海将軍を信じると言ってくれた事には感謝せねばなるまい。
パラスも喜んでいるだろう』
この言葉に多くの柱が揺らめく。
海皇は春麗の前に出ると、女神達に向かって言葉を発した。
『ネーレイス達よ。これからギガースとの闘いが始まる。
其方達は父神であるネーレウスの元へ避難しているのだ。
闘いが終わるまで決して外へは出るな』
不意にポセイドンと春麗の前に光りが現れ、懐かしい女神へと姿を変えた。

『テティスか……』
「テティスさん!」
先程の騒ぎを見ていた春麗は、真っ青になる。
だが、ポセイドンは静かに言葉を続けた。
『テティス。私が憎いのならいつでも殺しに来い。
ただ、今だけは姉達と一緒に避難していろ』
女神は海皇の言葉に目を見開く。
『……それからこの娘は地上へ返す。
どんなに気に入っていても、この娘は海の影響を受けさせない方が良いだろう』
女神テティスはじっと春麗の方を見た後、ポセイドンに対して頷いた。
話の流れで、春麗はもう二度とこの女神に会えない事を悟る。
「テティスさん……」
あの時に言えなかった言葉。 どうしても言いたかった言葉が、何故か自然と口から零れた。
「女神様はテティスさんが幸せになる事を望んでいたと思います。
だから、どんなに辛くて大変でも幸せになって下さい。
幸福になる事を否定したら、きっとあの女神様は悲しまれると思います」
一見、矛盾した言葉ではあったが、誰もがその言葉の意味を理解する。

幸福になる事の放棄は、海を守って傷ついた大事な子の想いを踏みにじる。
あの子は最後まで海の守護者だったのだから……。

テティスは春麗をの事を優しく抱きしめると、そのまま空気に溶け込むかの様に姿を消した。
そして光りの柱も一つずつ消えてゆき、最後には海皇と春麗だけが残された。