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闘志 5

カミュの放った渾身の一撃。
一瞬の静寂の後、暗黒の世界の地面が一気に凍り始めた。
この異変を察知した水瓶座の黄金聖闘士は絵梨衣を抱き上げると素早く飛び上がり、今度は凍りついた地面へと着地する。
そしてこの現象により、水晶の柱も凍りついた。
闇の世界の変貌に、絵梨衣は何が起こったのか理解出来なかった。


人馬宮の闇より迸る冷気は、雨に打たれていた黄金宮を次々と凍らせ始める。
魔羯宮や宝瓶宮・双魚宮はもちろんの事、天蠍宮から天秤宮・処女宮へと冷気は全てを凍りつかせながら階段を駆け降りる。
そして双児宮もまた、その変異に呑み込まれる。

「これは……」
壊れようとしていた部屋の中にいた沙織達は、この現象に驚くしかない。
雨漏りしていた所も凍りつき、逆に新しい壁が出来たかの様に魔方陣の現れ方が安定したのである。
「カミュか……」
「そうだと思いたいですね」
壁や天井を固定してくれている氷は、魔方陣の光を受けてキラキラと輝く。
そして出入り口に現れていた赤い光は、他の魔方陣が安定した為に周囲の影響を受けて縮小化し始めていた。

「これはいったい……」
氷に覆われた白羊宮を見て、紫龍は驚きの声を上げてしまう。
しかし、氷河は懐かしそうな表情をした。
「我が師カミュの小宇宙を感じる……」
この現象を見た事で、氷河は自分の師匠が無事である事を確信する。
ただ、人馬宮にいるはずの絵梨衣が驚いて怖がっていないか、それだけが心配だった。


「……人間に負けたな」
カミュと絵梨衣の様子を別空間から見ていたタナトスは、可笑しそうに笑う。
「これは完全なる敗北だ。
エリスの依代が名前を言わなければ、もう少し勝負が見れただろうが、これ以上は止めておいた方が良かろう」
ヒュプノスはもう片方の映像を見る。
そこには人が見てはならぬものが映っていた。
「まったく、大人しく聖域を攻撃するかと思えば、牡牛座の存在にびびったのか?
レダの名前で功を焦ったようだな。
エリスの依代をレダと勘違いして攻撃するとは間抜けだ」
「我々が娘をレダとして扱ったのだ。 短慮な者は騙されもしよう」
「……」
この言葉にタナトスの表情は険しさを増す。
「タナトス。 これ以上、天上界に母上の事を蔑ろにされる訳にはいかない。
私はあの神のもとへ行って説得してくる」
ヒュプノスが動こうとするのを、タナトスは止めた。
「説得だと!
見せしめの為に、あのまま凍らせておけ。
いくらレダが憎いからと言って、母上の加護を受けた娘を攻撃するとは言語道断だ。
オレだったら、しばらく動けなくなるくらいに痛めつけてやるぞ」
そう言うタナトスの目には妖しい光が宿っている。
「……それは今やるべき事ではない。
とにかく奴にはお帰り願おう」
ヒュプノスは静かにその場から姿を消す。
「……そうだな。
今、やるべき事ではない」
タナトスは含み笑いをした。