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条件 2

黒の聖域にて、一人の青年が階段をゆっくりと降りていた。
その人物とは魚座のアフロディーテ、その人だった。
彼は自分を縛りつけていた結界を、ピラニアンローズで内側から粉砕し脱出したのである。
金色の聖衣が光を放っており、何より自分の感覚が研ぎ澄まされているので、闇の中の移動に危なげな所は無い。
(……)
彼の眼差しは厳しかった。

代々、魚座の黄金聖闘士は聖域に居たが、アテナの聖闘士とは一線を画す存在だった。
原因は神話の時代に起こったトロイア戦争。
当時、女神アフロディーテが味方したトロイアは女神アテナの加護を受けたギリシャ側に大敗を喫した。
その時、女神アフロディーテは女神アテナに対して、これ以上トロイアを攻撃しないとう条件の代わりに、魚座の聖闘士を特別に守護する事になったのだ。
女神アテナは地上の平和を守る為に力を貸す事になるのだからと、その条件をのんだ。
ただし、これは女神同士の極秘の約束。
それ故に、聖域はこの事を知らない。
そして歴代の魚座は、ある役目を背負う事を宿命付けられていた。

(まったく、神々のしでかした事の後始末なんて面倒な話だ)
そして彼は宝瓶宮へ入る。
(ん?)
一歩足を踏み入れた時、彼はその空間に満ちている闇が双魚宮と違う様な気がした。
(空気が柔かい。何故だ?)
双魚宮は敵がいつ出てきても奇怪しくない様子だったが、ここでは全てが優しい眠りについているかの様に穏やかな空気が流れている。
アフロディーテはさらに神経を研ぎ澄まし、宝瓶宮の様子を感覚的に探った。
そして彼は何かがこの闇の中にいる事に気がつく。
(危険では無さそうだが、何がいるんだ?)
気配のする方向へ進んだとき、彼はある部屋で鈍い光を放つ、黒い巨大な水晶柱を見つけた。
手に触れるとその水晶は知っている人物の後ろ姿を映し出す。
(カミュ!)
水瓶座の黄金聖闘士は誰かに話しかけている。

『君は誰だ?』
手前にいた白鳥が動いて、黒いマントの女性と思われる存在に身体をすり寄せる。
その様子を見て、アフロディーテは思わずツッコミを入れてしまった。
「カミュ。白鳥を連れた美人といえば、スパルタの王妃レダだろう」
聞こえてはいないと思っていたのに、カミュが驚いた様に自分の方を向いたので、アフロディーテの方が逆に驚いてしまった。


ポリュデウケースは黒の聖域を襲った異常に対抗すべく、四つの場所に魔方陣と結界を維持する為の媒体を置く。
人の手に余る深い闇をまとう『其れ』は、彼の前で黒光りしていた。
「……随分と変わったものだな」
彼は自嘲気味に薄く笑った。