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条件 1

子供達に夕食を取らせて、美穂はひとり台所でぼんやりとしていた。
小さい子達については、手伝いに来てくれた近所の人たちが手分けして食べさせてくれている。
自分は少し休んだ方が良いと言われたが、そういうわけにもいかず台所の椅子に座っていた。
(何か……、疲れちゃった……)
頑張らなければというのは判っている。
しかし、何処まで、何時まで頑張ればいいのかが判らない。
(絵梨衣ちゃん……。ジュリアンさん……)
堪えていた涙が再び零れる。
(星矢ちゃん……)
今、この瞬間に、幼馴染みの少年に大丈夫だって言って欲しかった。
そう言って貰えたら、また頑張れる様な気がする。
その時、自分の肩に暖かなショールが掛けられた。

「あっ……」
今日、初めて手伝いに来た女性がそこに居た。
「何かありましたか?」
美穂は慌てて立ち上がった。
しかし、女性は再び美穂を椅子に座らせて、台所を使い始めた。
彼女は女性のショールを、まじまじと見る。
とても柔らかで手の込んだ模様が織り込まれている手作り品だった。
「ご自分で作られたのですか?」
美穂の問いに、女性は笑って頷いた。
そして女性は美穂の前に、今自分が作っていたココアを差し出した。
「ありがとうございます……」
すると女性はニコニコとしながら、美穂の前に座った。
「……凄いですね」
かなり時間がかかっただろうなと判る細工の細かさだった。
美穂は何気なく言葉を続ける。
「……彼女がこのショールを見たら、きっと対抗意識を燃やして大変な事に……」
そう言いかけて、一瞬頭の中が真っ白になった。
(……誰が対抗意識を燃やすの?
絵梨衣ちゃん??
でも、絵梨衣ちゃんは見たがっても、絶対に作るとは言わないし……)
ショールをじっと見ている美穂を、女性はどうしたのだろうかと言う表情で見ていた。


絵梨衣は白鳥を抱いたまま、暗闇の世界を光に向かって歩いていた。
近付いていくうちに、その光は透明な一本の柱から発せられているのが判った。
しかし、何故それがあるのか、それが何なのかは判らない。
白鳥は絵梨衣から離れる。
そして柱の下にいる誰かに向かって、一直線に羽ばたいて行ったのである。

とにかく、夢の中の不思議という事で、彼女は無理矢理納得した。
(誰かしら?)
そこに居たのは一人の青年。柱に寄り掛かりながら眠っていた。
白鳥は青年から離れない。
絵梨衣は恐る恐る彼に近付く。
もしかしてよく出来た彫像なのではないかと思うほど、その青年は美しかった。

(さっきの方の知り合いかしら??)
黄金の鎧をまとう紅い髪の青年。怖いという印象はない。
「知り合いなの?」
絵梨衣は白鳥に話しかける。
すると白鳥は彼女のマントを口でくわえると、青年の方へ引っ張った。
「どうしたの?」
意外な行動に絵梨衣は驚きながらも、白鳥の好きなようにさせる。
その時、青年が人の気配に気がついたのか目を開けた。
彼は絵梨衣の存在に驚く。
「君は誰だ?」
そう尋ねられて、絵梨衣は自分の名を言おうとしたが、銀の髪を持つ神の言葉を思い出して固まってしまった。
(どうしよう……。悪い人ではないと思うけど、神様から名乗っちゃいけないって言われているし……)
だからといって咄嗟にいい加減な名前を言う事も出来ない。
慌ててしまって、そもそも思考が混乱してしまった。
白鳥は青年から離れると、絵梨衣の足元に身体をすり寄せた。
その時、氷の柱に光の亀裂が入る。

『カミュ。白鳥を連れた美人といえば、スパルタの王妃レダだろう』

降って湧いた様に聞こえてきた別の青年の声に、彼は急いで立ち上がり絵梨衣はとても驚いて胸を押さえた。
(カミュって、たしか氷河さんの先生の名前!)
絵梨衣はナターシャに続き、今度はカミュと出会ってしまったのだ。