窓の外から見えるハインシュタインの森を眺めながら、貴鬼は浮かない顔をする。 「どうしたの?」 瞬は料理人の服を着たまま、ぎこちない手つきでお茶を淹れる。
パピヨンの冥闘士は、城の中を見回る為に席を外していた。 「うん……。聖域の方、大丈夫かなぁって思って」 貴鬼は自分の発言を、慌てて訂正する。
「ムウ様がいるんだから、オイラが心配する事なんて全然ないよね」 瞬は貴鬼の不安が何処にあるのかを察する。 女神を守る為に、自分の師匠が覚悟を決めて敵を滅する事は十分に考えられる。
それが宿命だと頭で考える事は出来るのだが、感情がまだ追いつかないのだ。 本当ならテレポートで直ぐにでも聖域の様子を見に行きたい所だが、エリスの許可なく戻っては師匠の面目が丸潰れになると考え、幼い弟子は自分の中の不安を懸命に堪えているのである。
「……あの人なら大丈夫だと思うよ」 瞬の返事に貴鬼の表情は、ぱっと明るくなる。 「瞬もそう思う?!」 しかし、瞬の考えの根底は、
『っていうか、あの人が負けると言うのが想像出来ない……』 というものだったのだが、口には出さずに頷くに留まる。 そんな事は知らない貴鬼の方は、賛同者の存在に安心して、嬉しそうに瞬の淹れたお茶を飲んだ。
「ところで瞬の先生って、どんな人なの?」 聞かれるだろうなぁと半分予測出来ていたので、瞬は特に驚かずに答える。 「すごく良い先生だよ。
僕は尊敬している」 「ふ〜ん」 瞬自身も自分の先生を他の人に自慢をした事がないので、半分照れくさそうに笑う。 反逆者として一時濡れ衣を着せられて粛清され、その後名誉を回復したダイダロス先生。
正直言って聖域の素早い変わり身に、腹立たしさを感じた時もある。 だが、反逆者の弟子という状態が続いて、ジュネが大勢の聖闘士たちから狙われるのは絶対に嫌だった。
そういう意味では、あのタイミングで決着をつける事が出来た事は、なによりも幸運な事だと思う。 「瞬もオイラの所みたいに、弟子は瞬だけなの?」
「違うよ。僕が先生の所に来た時には、既に何人か居たんだ」 ただ、その時期に居た人数と瞬がアンドロメダの聖衣を得た時に居た人数は当然違う。 死と隣り合わせの環境下では、一瞬の油断が自分の人生を終わらせてしまうからだ。
そんな時、自分の先生はとても悲しそうな表情で弟子たちの墓標を作る。 これだけは、先生は弟子だけにやらせる事はなかった。
『人の死を悼まなくなったら、私はきっとお前たちを血の通っていない闘士にしてしまう』
あの時先生は、そう言った。 そしてその隣りには、ジュネが立っていた。 仮面の下で泣いているのだろうという事は、幼心にも瞬には理解出来た。 |