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侵蝕 3

森に柔らかな陽差しが降り注ぐ。
エスメラルダは眩しそうに木漏れ日を見た。
「静かね」
「そうだな」
周囲には鳥の鳴き声しか聞こえず、誰かがこの場所に近付くと言う気配も感じられない。
彼女は暖かいお茶を飲みながら、不意に涙をポロポロと零す。
これには一輝も驚いてしまう。
「熱かったのか?」
すると彼女は涙を見せながら、綺麗な微笑みを見せた。
「……違うの……。お茶がとても美味しくって……」
デスクィーン島で奴隷として働かされていた彼女には、この色々な人達の優しさが嬉しい。
「……一輝がいて、瞬さんに会えて……。 貴鬼さんや春麗さんに親切にして貰って……。
ここのお城の人たちには、よくして貰って……。
……すごく嬉しいの」
懸命に涙を止めようとするのだが、それは後から後から溢れ出てしまう。
その様子を見て、一輝は彼女の肩を抱く。

彼女はここにいる。 それは判っているのだが、一輝は心の何処かで何か割り切れないものがあった。
カノンはエスメラルダに、誰かに監禁されていたと言っている。
彼女も春麗から記憶を失っていたと知らされていた。
実際、今のエスメラルダは自分が命を落としたとは思っていないので、その理由に不安を感じながらも納得している。
では、あの時自分の腕の中で冷たくなっていった彼女は、何だったのだろうか?
もしかして自分は、師匠だったあの男に幻を見せられたのだろうか?
「今度こそ、守ってみせる……」
一輝は彼女の存在を確認するかのように、力一杯抱きしめた。
彼女はその行動に少々驚いたが、逞しく成長した少年の腕の中で涙をみせながら優しく微笑んだ。

らぶらぶ☆
ゆきだるまさん 画
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ハーデス城の地下牢は、妖気がその濃度を増してゆく。
その扉がいつ壊されるのか。
冥闘士たちは仲間を倒さねばならないと言う瞬間が来ない事を願っていた。

そして牢が静かになったので確認の為に牢を開けた瞬間、闇があふれ出す。

「臨界点を超えたらしいな」
エリスの言葉に、その場にいた冥闘士たちは周囲を見回す。
そして彼らの冥衣は、おのおの光を放ち始めた。
「パンドラ様、ご安心下さい。 この命に代えても、お守り致します」
ラダマンティスは彼女を下ろす。
「ラダマンティス……」
彼女はワイバーンの冥闘士の腕を、ぎゅっと掴む。
闘士ではない彼女でも、城を取り巻く妖気の気配に寒けを感じていた。
「パンドラ、冥闘士たちから離れたほうが良いぞ」
エリスは意地の悪い笑みを浮かべる。暗に彼らとて奇怪しくなる可能性があると言っているのだ。
「……」
誇りを傷つけられて冥闘士たちは怒りの表情になるが、実際問題として狂わない可能性はゼロとは言えない。
だが、パンドラはラダマンティスから離れようとはしなかった。
「彼らは絶対に己を見失わない!
だから大丈夫だ」
エリスの暴言に憤慨したらしく、パンドラは声を荒らげる。
冥闘士たちは全員、あっけにとられたかのように自分たちの女主人を見た。
「……では、その信頼に答えましょう」
ミーノスは廊下の奥に視線を移す。
そこは闇が溢れ、何名かの変わり果てた仲間が立っていた。