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侵蝕 1

冥界では、得体の知れない気配に冥闘士たちが苦しめられていた。
誰もが自らの中にある何かが、自分という殻を壊して出てきそうな錯覚に捕らわれている。
そしてその症状が一番激しく出ているのが、ハーデス城に捕らわれている正気を失った冥闘士たちだった。

「あいつら、扉を壊すつもりだぞ!」
ミューの糸で身動きが取れないようにされているのに、牢屋の中で彼らは外へ出ようと暴れていた。
「絶対に外へは出すな!」
現場に駆けつけたスフィンクスのファラオは、そう叫んだ。

そして城内の混乱は、城に戻ったパンドラにも知られる事になる。
「何が起こったのだ!」
彼女はミーノスに尋ねるが、彼自身にもそれは判らない。
ただ、彼らは冥界に下りた直後、様子が只事ではない事は気がついた。
何か殺意を持った者が傍にいるような、それでいてその正体を見極められない漠然とした気配。
そこへミーノスたちの帰還を察知したバルロンのルネとハーピーのバレンタインが、駆け足でやって来た。

「これはいったい何事ですか」
ミーノスはルネに尋ねる。
「はい。実は……」
ルネはパンドラの方をちらりと見た後、沈黙してしまう。
その様子に、ミーノスたちは問題が牢屋で発生した事に気がついた。
「何なのだ?
申してみよ」
痺れを切らせたパンドラが、せっつく。
一瞬の沈黙を破ったのはエリスだった。
「冥衣に喰われた冥闘士が居るのだろう」
ルネとバレンタインは、深々と頭を下げた。

パンドラはその場を駆け出そうとしたが、すぐさまラダマンティスに止められた。
「ラダマンティス。離せ」
「パンドラ様!」
両肩を掴まれて、パンドラはその痛みに顔を顰める。
だが、ラダマンティスは力を緩めない。
絶対に彼女を放すわけにはいかなかったからだ。
「私は弟から冥闘士たちを託されているのだ。
彼らを冥闘士にした私が知らぬ存ぜぬというのでは、弟に何て言えば良いのだ。
私はその冥闘士たちの所へ行くぞ」
泣きながら暴れる彼女。
その最中に彼女の黒い短剣がワイバーンの冥闘士に触れ、彼に痛みを与える。
「あっ」
慌てて短剣の位置をずらす彼女の行動に、ラダマンティスは最期の手段だとばかりに仲間達の面前で抱き抱えた。
いきなり身体が宙に浮いたので、パンドラはバランスを崩してラダマンティスにしがみつく。
彼のワイバーンの冥衣が、何かに呼応しているかのように鈍く輝き始めた。
その力強い美しさに、パンドラは一瞬何が起こったのか判らずに冥衣を見つめた。
「彼らは己の宿命とギリギリのところで戦っているのだ。 パンドラは彼らの力を信じてやれ」
エリスの言葉に、パンドラはデスクィーン島での出来事を思い出す。
あの時自分は同じように、アテナに黄金聖闘士たちを信じてやれと言った。
パンドラは自分の無力さが悔しくなり、ラダマンティスの腕の中で顔を手で覆い、泣き顔を見られないようにする。
ラダマンティスはそんな彼女の行動が、とても幼い少女のようで抱きしめる腕に力がこもってしまう。
「……どういう事ですか」
ミーノスはエリスの前に立つ。
すると争いの女神は、ミーノスから少し離れて壁に寄り掛かった。
「昔話をしてやろう」
そして彼女は、淡々とした口調で神代の時代の話をし始める。