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誇り 1

「春麗……」
聖域では、紫龍が空を見上げる。
風が急に暗雲を運び込み、今や聖域はいつ雨が降り出しても奇怪しくない空模様だった。
(今、彼女の声が聞こえた様な気がした。
まさか、海底神殿で何かあったのか?)
だが、自分は動くことができない。
それでも向こうには海将軍も星矢もカノンもいるのである。 彼女が危険に晒される事はない筈。
しかし、そのような理屈は何の慰めにもならない。
ふと、海将軍に抱き上げられた春麗の姿を思い出してしまう。
「……」
無性に腹が立った。


黒い巨体は人とも違うとも言える形で、少女たちに覆い被さろうとする。
そして彼らの行動は迅速だった。
バイアンがゴットブレスで、水流をかき乱す。 影は形を歪めながら、尚も怯もうとしない。
次の瞬間、アイザックが影を空間ごと氷の中に閉じ込めた。
そしてソレントとイオが春麗とテティスをその場から引き離す。
だが、出入口の形が異様に歪んでいる状態を見た時、ソレントは春麗を外へ出せなくなった事を悟った。
自分たちは鱗衣があるから大丈夫だが、春麗は普通の少女である。出入り口がどんな状態なのか確かめずに、彼女を連れ出す事は出来ない。
春麗は咄嗟に何が起こったのか判らず、何度もソレントと凍らせられた影を見ている。
そしてテティスは、真っ青になっていた。
『ポリュボーテース。また私に滅ぼされに来たのか』
ポセイドンは表情を変えずに、影と対峙する。
しかし、影のほうはアイザックの作り上げた氷の牢獄から抜け出そうと、自らの形を歪めながら暴れる。
影は影でしかない筈なのだが、それは徐々に巨大な本体を現し始める。
その時、カノンと星矢がやって来た。

「何だこいつは!」
カノンはそう怒鳴りながら、既にゴールデントライアングルを放っていた。
影はカノンの作り上げた異空間へ呑み込まれようとしていたが、尚も必死に暴れ回り、ついには自分を拘束している氷にヒビを入れる。
「何度だって、やってやる!」
アイザックは再び技を放つ。
だが、空間が不安定な所へカノンの技とアイザックの力が渦巻いているのである。
中庭を取り囲む壁や床の石は、実際に異空間へ呑み込まれようとしていた。

「春麗さん!」
星矢が春麗の腕を掴む。
その身体は無理矢理この場所に入り込んだ為に、無数の傷があった。
ソレントは自分の判断が間違っていなかった事を知ったが、この意外な人物の登場には驚く。
「ペガサス! 何故あなたが!!」
「星矢さん、どうしてここに??
まさか紫龍も……」
春麗は星矢の背後から大事な龍星座の聖闘士が現れるのではないかと思ったが、星矢はそれを否定した。
そしてテティスはソレントの言葉に驚き、星矢の方をじっと見た。