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嫉妬 4

とはいえ、何もない場所でただ移動しているだけと言うのは、アイアコスには退屈以外の何ものでもない。
しばらくして彼は、アルデバランの光が見える範囲で勝手に動き始めた。
「ここには俺たち以外に生き物の気配がないな……」
行ったり来たりを繰り返すアイアコスの言葉に、アルデバランは周囲を見回した。
「人以外の生き物もか?」
「そうだ。亡者たちの声すら聞こえない。 どのような場所でも死者が存在すれば、その痕跡を感じる事が出来るが、ここにはそれが無い。 ここはある意味、清浄な密閉空間だ」
三巨頭の一人である男の言葉を、アルデバランは重く受け止めた。
自分の目からは、この世界は暗闇に一筋の道のある世界だが、彼の目では違う世界が見えているのだろう。
そしてアイアコスの方は、自分の言葉にある疑問を感じていた。
(それじゃぁ、あの時のユリティースは生きていたのか?)
同じ空間だったのかは、もう確かめようが無い。
女主人の策略により地上へと戻れなくなった女性。
誰も恨まず、ただ一筋に恋人の身を案じていた。
ふと、アイアコスは仲間に対しては決して問う事は無いであろう疑問を、牡牛座の黄金聖闘士に尋ねてみたくなった。
「牡牛座。もし女神アテナが無理難題を吹っ掛けたら、どうする?」
いきなりの質問にアルデバランは驚いてしまう。
「どうかしたのか?」
「頼む。答えてくれ。 お前ならどうする?」
その真剣な様子に、アルデバランはしばらく腕を組んで考える。
「基本的に我々にとって女神アテナの言葉は絶対だ。
それを前提として言うならば、どう考えても承諾しにくい場合は、誠意を持って事情を説明するしかないだろう。 もちろん敵を滅せよと言う命令ならば、戦いこそすれ出来ないなどとは言わないが……。
世の中にはそれだけでは済まない事情もある……」
今回の事態はまさに、それ。
アルデバランは仲間から女神アテナがサガの捕縛命令を出したと聞かされた時、正直言ってほっとしていた。
実際問題としてサガの抹殺命令が下されても不思議でない状態だったし、海将軍たちを巻き込んだ以上、その判断でないと海との関係が険悪になっても文句は言えない。
そして戦いは、いつでも無関係な人々を傷つけ弱者の命を奪う。
だからこそ、聖闘士たちは速やかに戦いを終わらせねばならない。それには元凶を抹殺する方法が禍根を絶つのが一番早く、傷も浅くすむ。
だが、それでは何の解決にもならない時もある。
目の前の問題を解決する事を優先して未来に災いを残しては、結局何もしなかったに等しいし、何よりも敵方がより一層狡猾さを増せば被害は今以上になってしまう。
時には身を引き裂かれるよりも辛い痛みも覚悟の上で、根本的な解決をしなくてはならない時があるのだ。
正義の為に女神のもとに集うた者たちは、これからの時代を生きる者たちの為にも、その痛みを恐れている訳にはいかない。