怒りで自分を見失いそうになった。 カストールが止めねば、きっと自分は屋敷にいた全ての人間を抹殺していただろう。
だが、屋敷の人間たちはその様子に恐れを成したのか、二人の男の行き先を教えてくれた。 彼らはヘレネを誘拐した後、冥妃ペルセポネをも連れ去ろうと思い、冥府へ行ったという。
罪を重ねつづけても止まない傲慢なる振る舞い。 滅ぼすのに躊躇う必要はない。
だが、いつ帰って来るのか判らない者を待ち続けることは出来ない。
テーセウスの母親が、人質になることを申し出た。 ヘレネを死なせた事で、彼女は息子の罪を何とか許してもらいたかったのかもしれない。 しかし、既に英雄の母親の命一つで済む問題では無くなっていた。
クリュタイムネストラーとヘレネはスパルタの王女である。新たなる戦の始まりは避けられない。 養父母はテーセウスの祖国であるアテーナイを滅ぼそうとするだろう。
大義名分はスパルタにある。 幾ら女神アテナがアテーナイの守護神でも、今度ばかりはアテーナイの味方は出来ない。
そして聖域はアテーナイの為には動けない。
女神アテナは今、親友を傷つけたショックで神殿に引きこもっている。 神官にも巫女にも会おうとしない。 女神アテナの判断を仰げない以上、どのような結論を聖域が下しても遺恨が残るのは避けられなかった。
そして哀しみの中、妹の亡骸を一度聖域に連れて帰る事にした。
直接ヘレネの亡骸をスパルタに連れていく事は出来ない。 それに仲のよかった妹たちである。一緒にスパルタへ連れて帰り、埋葬してやりたい。 しかし、その判断は間違いだった。
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