「エリス。あの娘の名は何と言うのだ?」
部屋へ案内する傍らで、パンドラはエリスに名を尋ねる。 しかし、エリスはそっぽを向いて答えた。 「生憎だが、私は人の名はあまり覚えない。
お前が尋ねろ。きっと素直に答えてくれる」 納得しかねる返事だが、エリスのそんな対応に慣れてしまっている彼女は、やはり素直にエスメラルダの方を向いた。 落ち着かない様子で城の様子を見ている少女は、その時フェニックスの聖闘士の腕に軽く手を添えていた。
しかし、パンドラに振り向かれた事で、慌てて手を離す。 まるでその行動が罪であるかの様に、エスメラルダは両手を後ろに回した。 パンドラは初めて会った客に対して、どう接して良いのかよく判らない。
「お前の名は何と言うのだ?」 突然、城の主であると教えて貰ったばかりの少女に尋ねられて、エスメラルダは自分の心臓の音が、大きく聞こえた様な気がした。
「エスメラルダと言います」 全員が自分に注目している為、恥ずかしくなって彼女は俯いてしまう。 しかし、パンドラはその名前を聞いて、何かを思い出そうとしている。
「エスメラルダ……」 彼女は何度かその言葉を呟く。 しかし、パンドラがそんな事をし始めたので、エスメラルダの方は真っ青になってしまう。
(何だろう。此処に居ちゃダメって言われるのかな……) 不可解な行動をされると逆に不安になって、彼女は良くない事ばかり考えてしまう。 「大丈夫だ」
一輝はそんな彼女を見て、落ち着かせる為に片方の手を取った。 その様子を見て、パンンドラはようやく何かを思い出したのである。 軽く両手で手を叩くと、楽しそうに笑った。
「エスメラルダ。良い名だな」 パンドラは一方的に納得すると、再び歩きだした。
全員、何がなんだか判らなかった。
部屋に案内され柔らかい椅子に座るよう勧められると、エスメラルダは城の中の華美ではないがそれでも美しい調度品に囲まれて、居たたまれない気持ちになってしまう。
「居心地が悪いのか?」 パンドラに尋ねられて、エスメラルダは困った様な表情をする。 「これからの話は、金の娘にはつまらないものだ。 牡羊座の弟子と散歩でもしててくれ」
客であるエリスが言うべき台詞ではないが、この女神にそんな事を言っても無駄な事はラダマンティスやミーノスも判っていた。 彼らの背後をついていたミューは、牡羊座の弟子という言葉に反応する。
(あの男の弟子か!) 彼はじっと貴鬼の事を見た。 |