INDEX
 

美しき森 4

部屋に入ってきたのはラフな格好のミーノス。
冥衣をまとっていない彼を見るのは初めてなパンドラは、驚きのあまり声が出せない。
ラダマンティスも普段着のままだった。
「ミーノス、冥衣はどうした?」
そう言いながら彼女は三番めにやって来るであろう男の姿を探す。
「アイアコスは?」
「彼は事情があって、他の所にいます。
それよりパンドラ様にご報告しなくてはならない事が出来ました」
ミーノスは微妙な言い回しをした後、彼女にハインシュタイン家の現状を簡潔に説明した。
「一応、使用人候補の者たちは全員身元がハッキリとしているので、明日からここに来て貰います。
ただ、こちらの女性たちの方は、パンドラ様に不自由をさせるわけにはいかないと言って、午後からやって来ます」
そう言ってミーノスは数枚の書類をパンドラに渡した。 そこには人の良さそうな女性たちの写真があった。
パンドラは困惑しながら書類を見ていたが、ふと寂しそうな表情をする。
「いきなりの事で困惑されていらっしゃるようですが、人間たちに怪しまれては騒ぎが大きくなりますので我々で決めさせて貰いました。
何かお気に召さない事でもありますか?」
ミーノスの問いかけに、パンドラは俯きながら持っていた書類を握りしめる。
「……お前たちは冥界へ帰るのだな……」
弟には冥闘士たちと彼の目覚めを待つとはいったが、こうもあからさまに自分だけハインシュタイン家に残る手筈を整えられると、拒絶された様で彼らと共に居ようという気持ちが挫けてしまう。
彼女はたった今、一人でも大丈夫だと決意していながら、いきなり冥闘士たちは戻るのだと思ったら、涙が溢れて止まらなくなった。
たとえ彼らがエリスの言った通りに冥衣のその精神を蝕まれる事になっても、自分は彼らを呼んだ者としてその責任を負うつもりだったのだから。
ミーノスはラダマンティスの方を見る。
「ラダマンティス、今度は貴方が説明しなさい。 仕事は分け合いましょう」
いきなり自分の方に振られて、彼としては慌ててしまう。
しかし、それでも心の中では
(一度だって仕事を分け合った事はない!)
と、ツッコミを入れていた。
彼はパンドラの前に立ったのだが、彼女が顔を上げないので、片膝をついて彼女の視野に自分が入る様にする。
「パンドラ様、誤解しないで下さい」
「……」
「我々は常に貴女と共におります。
ただ、冥界の管理は片手間で出来る事ではないのです」
パンドラは自分の前で必死に弁解している男の顔を見る。
困った表情をしている男は、自分より年上とは思えないほど慌てていた。
「執事役は地暴星のギガントが行いますので、何か困った事がありましたら彼に命じて下さい。
我々の力が必要とあらば、どのような時でも馳せ参じます」
その真剣な眼差しに、彼女はこの男が嘘偽りを言って居るのではないと納得する。
確かに聖戦終了後の冥界は、混乱の真っ只中であろう。
弟が統治していた世界が安定した秩序を取り戻すには、冥闘士たちにはそちらの方に集中してもらわねばならない。
そして今の自分では彼らの役にはたたない。
冥界は生と死を管理するだけではなく、さらに深淵のタルタロスには絶対に復活させてはならないモノ達が居る。
この混乱に乗じて、それらが地上に向かう事はあってはならないのだ。
「判った。 お前たちの足手まといにはなりたくはない」
泣きながらも心配をかけまいと微笑むパンドラ。
「だが、今言った事は絶対に忘れるな。 私が会いたいと言ったら直ぐにここへ来るのだぞ」
意外な、深読みしたくなるような言葉にラダマンティスは一瞬言葉に詰まってしまう。
しかし、パンドラの方も彼の対応の意味に気付く事なく、すぐに視線をミーノスの方へ向ける。
「ミーノスも良いな」
「判りました。 仕事を誰かに押しつけてでも来ます」
彼の方は笑いを堪えながら軽く答える。
ラダマンティスは完全に返事を言うタイミングを逃した事と仲間の強烈な返事に、胃がギリギリと痛みだしたような気がした。