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美しき森 3

一方、パンドラは聖戦が終わって初めて、父親の書斎に入った。
昨夜の体験で、ようやく彼女の中で家族との想い出が優しいものへと変化したのである。
父も母も自分と弟を嫌ってはいなかった。 一緒に居られないのは弟の所為ではないと言ってくれた母の言葉が、今でも思い出される。
その優しい笑みは、何処か女神の試練の審判役に似ていた。
(ユリティース……)
家族の事を一番に伝えたかった女性は、今はもう居ない。
(お前が甦らせてくれた命だ。私から絶つ様な事は絶対にしない……)
パンドラは父親がいつも座っていた椅子に座る。 そして瞼を閉じた。
たとえ孤独の中で絶望を味わう事になっても、昨夜の優しい夢の記憶があれば生きて行ける。
どんなに生きる事が辛くなる時がきても、たった一人になっても……。
(しかし、あれはいったいどういう意味なんだろう?)
自分に話しかける母親が言った言葉は一言一句覚えているが、意味の判らない事があった。
『ある方から言付けを預かってきました。
しばらくしたら流れが変わるので、待っていてくれだそうです』
母親の言うのが誰の事なのか見当がつかないし、流れが変わるというも何の事なのか判らない。
母親も微笑むだけで、名前は言わなかった。
(誰なのだろう……)
弟のハーデスではない事は、母親の様子から判る。
ふと、彼女は弟の側近であった双子の神を思い出す。
(まさか……)
そして今朝がた彼女は妙な夢を見たように思えたが、その夢が何なのか思い出せない。
(真っ暗な闇の中で、自分は何かを探していたような気がするのだが……)
パンドラが首を傾げた時、誰かが部屋の扉をノックした。

エリスの力により、エスメラルダたちは一瞬にしてハインシュタインの森へやって来た。
彼女は美しい森の風景に、目を丸くする。
「綺麗……」
五老峰の風景も神秘的であったが、この森は生命力に満ちあふれていた。
貴鬼は頭上に何かがいる事に気がつく。
そこに居たのは小さな動物。それは一行の事を見下ろしていた。
そして一輝と瞬も、この一枚絵のような風景に言葉が出ない。
森は聖戦の時とはすっかり様変わりをしているのである。

「エリス。本当にここは、あのハインシュタインの森なの?」
何か騙されているのではないかと考えてしまい、瞬はそんな言葉を口にしてしまう。
だが、足元を注意して見てみると、やはり草花が黄変していたり茎が力なく曲がっている株があったりする。
今、世界は大地の女神たちの危機により、あらゆるものたちの生命が脅かされているのだ。
それでも森の美しさは聖戦前の妖気漂う森と見比べたら、雲泥の差があると言っていい。
するとエリスは面倒くさそうに返事をした。
「あの時は冥王の支配地だったが、今は違う。
管理者が変わったのだ。心配するな」
どういう意味なのか不明な返事。
しかし、エリスはさっさとハインシュタイン城の方へ歩きだす。
だが彼女はしばらく歩いた後、急に振り返ってエスメラルダに近付く。
「金の娘、手を出せ」
エリスはそう言って、白い杖を振った。