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美しき森 1

冷徹な闇の時間が終わり、暖かな光の中で目覚めるハインシュタン城。
今まで凍りついたかの様な時間は、突如として優しい風と共に動き始めたのである。

「使用人?」
バレンタインの報告に、ラダマンティスは首を傾げた。
「はい。不審者がこの周りに居ないかどうか警備していたシルフィードとクィーンが、村に続く道を、こちらに向かって歩いていた村人に言われたそうです」
さすがに森の外へ出る時に冥衣を装着していると面倒を引きおこすので、部下たちは気を遣って普段着で見張りをやっていた。
「昔、ハインシュタイン家に仕えていた者たちの血縁者か……」
バレンタインの調査によると、聖戦直後から城の近くの村にドイツ国内や近隣諸国から人が集まりだしたというのだ。
理由は13年前にご両親を不慮の事故で亡くしたハインシュタイン家のお嬢様が、海外の療養地から帰郷されたという話が彼らの耳に届いたから。
しかも、そこで働いていた使用人たちはその事件の前後に、事故や病で亡くなっている事になっており、その者たちが血縁者の夢枕に立って、お嬢様の身の回りのお世話をして欲しいと頼んだと言うのだ。
「バレンタイン。その者たちの身元を洗い出すのにどれくらいかかる」
ラダマンティスの言葉に、バレンタインは写真付きの調査書を提出した。
「ドイツ出身のクィーンが、昔の知り合いに依頼して全て調査済みです。
今、村にいる使用人たちの血縁と名乗る者たちに不審な所はありません」
関係書類の出現に彼は驚いたが、自分の部下たちの過去に関しては言葉が出ない。
いったいどんな手段を用いたら、約二時間で約二十名の人間の身元調査書類を作成して上司に渡す事が出来るのだろうか?
「バレンタイン。 すまないがミーノスとアイアコスを呼んできてくれ」
勇猛なる男は気を取り直す。
とにかく敵を倒す事なら自分一人でカタを付けられるが、このようなパンドラがらみの事態を自分一人で決めるわけにはいかない。
しかも、パンドラは疲労が重なって体調が思わしくない。
それゆえ使用人関係者の話などをして、彼女の気持ちを乱したくはないのだ。
彼はもう一度、書類に目を通す。
(ハインシュタイン家の当主は、随分大勢の人たちを助けていたのだな)
調査によると、パンドラの父親に恩があるという家がかなり多い 。
(多分、この者たちは此処に来る事になるのだろう)
そしてこの城は、パンドラと共に新しい時間の中を生きる事になるのだ。
ラダマンティスは漠然とそんな気がした。

冥界が一応小康状態を保っているという事で、ミーノスは自分を呼びに来たミューと共に城へやって来た。
「アイアコスはどうしたんだ?」
「異空間へ入って、行方不明です」
軽く答えられて、ラダマンティスは胃がギリギリと締めつけられるような気がした。
「彼なら大丈夫です。行き先は見当が付いていますから。
それよりも何かあったのですか?」
仕方なくラダマンティスはミーノスに、朝の出来事を簡単に説明し書類を見せた。
確かにアイアコスは三巨頭の一人である。一般の人間が居なくなったのとはわけが違うのだから、騒ぎ立てる事ではない。
「なるほど、それで貴方はどうしたいのですか?」
ミーノスは次々と書類を見ながら尋ねる。