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不信 1

彼女はその恋が祝福されないことは、薄々勘付いていた。
しかし、それでも慕う気持ちをどうする事も出来ない。
聖域の浜辺へ行った女神パラスを迎えに行く時だけ、女神テティスは想いを寄せる青年と会って話をすることが出来た。
彼の名はカストール。
人間でありながらディオスクーロイと称される人物だった。


海闘士のテティスは自分と同じ顔をした女性を見た時、後頭部を何か鈍器の様なもので殴られたような気がした。
そして自分の記憶に、神々の時代に起こった出来事がリアルに浮かび上がる。
自分は前世の自分と出会ったのだろうか?
人間として暮らしていた時に欠けていた何かが、埋まる様な気がした。

「あの子は……、私が殺した様なもの……」
テティスは人魚姫の鱗衣を抱きしめながら、大粒の涙を零す。


カストールと初めて会ったのは、地上へ女神パラスを迎えに行った時だった。
友である女神エリスから、
「テティスもディオスクーロイたちも、過保護だ!」
と、呆れられてしまう。
それでもパラスが地上にいる時は、自分が迎えに行った。
あと一回、あと一回だけと、カストールの姿を見たいという気持ちに突き動かされていた。
だが、そんな行動はすぐに他の神々に知られることになる。

テティスは掟の女神であるテミスの予言により、父親よりも優秀な子を産むと言われていたからである。

それゆえに他の神々は、テティスの夫に誰がなるのか非常に興味を持っていたし、警戒をしていた。
その子供の父親が優秀であればある程、神々にとって危険な存在になる可能性があったからだ。
神々を信仰する善良な人物なら英雄になる事もあるだろうが、反逆を企てる様な人物になったのなら、確実に大戦へと発展しかねない。
そして、そういう考え方を大部分の神々は持っていた。
大神ゼウスは当時、妻である女神メティスが男の子を生んだ時は、その地位から追い出されると予言されていた。
そして生まれたのは女神アテナであったが、母親の予言は娘に引き継がれた為、女神アテナは永遠に処女神であるという誓いを立てた。
そうしなければ、オリュンポス神族は永遠に災いを抱え込むことになる為である。
だが、テティスはそういう誓いを立てていない。
いくら女神テミスの予言があったとしても、父神であるネーレウスは穏やかな性格だった為、海の支配者であるポセイドンや天上界の神々に対して敵対する様な事はしないと誰もが思っていた。
それゆえ、そのような系統の女神の産んだ子供を恐れていては、オリュンポス神族は他の勢力に対して示しがつかない。
むしろ大騒ぎをしてテティスの事が、敵対勢力に知られるのを避けなければならなかった。
しかし、相手が人間とはいえディオスクーロイと称されるカストールでは、かなり話が違ってくる。
もしかすると神々の時代そのものが終わりかねない危険性を、彼らは感じていた。

だが、そのような恋に対して、好意的な女神がいた。
それは海皇ポセイドンの孫娘、パラスだった。