「エリス。 その揺れって、多分僕の先生が結界を壊した時のものだと思う」 これにはエリスの眼差しは厳しくなり、シオンは驚いていた。 「ダイダロスが結界を壊したのか!」
「そうです。 先生は結界の壊し方を知っていました」 するとエリスはシオンの方を見る。 表情は相変わらず険しいものがあった。 「どうやらこの聖域には、プロメテウス(先に考える男)がいるらしいな。
教皇はその男を知っているのなら、これ以上結界を壊して大地に刺激を与えるのは、止める様伝えてくれ」 「……了解した」 「まったく、豪華としか言い様が無い」
エリスはそう呟きながら腕を組んで、何かを考え始める。 そして彼女は一人の少年の方を見た。
「教皇。牡羊座の弟子を貸せ」 そう言ってエリスは貴鬼に近付く。
「えっ、オイラ??」 貴鬼は何かの間違いかと思いあたりを見回したが、全員が自分の方を見ている。 「そうだ、お前だ。 今の聖域に関しては、今の聖闘士たちが何とかする筈だ。
お前には別の事をやってもらう」 彼女はそう言って、貴鬼の手を掴む。 「では、行くぞ」 問答無用だと言わんばかりの言葉に、シオンも理由を聞くタイミングを逃してしまう。
もう既に女神たちの姿は広場には無かった。
争いの女神による采配の嵐が過ぎると、十二宮前の広場は逆に緊張と静けさに包まれた。 天上界の使者とアルデバランの交渉内容によっては、次の瞬間に戦闘が開始されるのである。
しかも先手をうつ事は禁じられている。 天上界からの先制が強大なら、その時点で勝敗が決まってしまう。 しかし、シオンは漠然と、そのような事は起こらない様な気がした。
(そんな事をすれば、天上界は大地の女神たちに止めを刺しかねない) どちらも大地の女神たちから犠牲者を出さない為に動いているのである。 (ダイダロスが余計な事をしないようにしなければ……)
シオンは白銀聖闘士である魔鈴を呼ぶと、他の聖闘士たちにエリスの依頼を伝えるよう命じ、自分もまたダイダロスを探しに聖域の町へと行った。 そして広場には紫龍と氷河が残される。
町へ向かうシオンを見送りながら、紫龍は唇を噛み拳を固く握った。 何故、彼女は危険かもしれない場所へ行ったのか。 オルフェの意見を聞いて彼女を連れてきた事を後悔したが、それ以上に海底神殿へ行くと言った彼女を引き止める事の出来なかった自分が腹立たしい。
「何を考えているんだ?」 いきなり尋ねられて、紫龍は氷河の方を向く。 「随分思い詰めているが、春麗さんの事か?」 図星をつかれて、紫龍は返事に窮した。
その様子を見て、氷河は苦笑する。 「向こうには星矢とカノンが行ったんだ。 何が心配なんだ」 確かに星矢もカノンも、その実力は信頼に値するだろうし、海将軍だって彼女を無事に返すと言ったのだから、この地上の何処よりも彼女は安全な場所にいる事になる。
しかし、彼にとって最大の問題は彼らの実力云々ではなく、春麗が自分を必要としていないように思える事なのだ。 「そうは言うが、今の海底神殿は……」 苛立ちと不安の中で振り絞った言葉を、白鳥座の聖闘士はさっさと無視して話を続ける。
「今は無事を祈るしかないだろう。 ただ俺たちが、その血塗られた手で祈る事が許されているのかどうかは判らないけどな」 氷河もまた恋人と引き離されている。
紫龍はもう何も言えなかった。 |