「……夜の空間にかなり溶け込んでいるな。 だが、悪い存在ではないようだ」 ヒュプノスは手を伸ばすとパンドラの髪に触れそうになったが、直前で手を止める。
「どうした。ヒュプノス」 タナトスも同じように手を伸ばしたが、やはり直前で手を止めた。 自分がここでは姿のない存在なのだとパンドラは考える。
それでもせめて想いを伝えなくてはならない。 彼女は勇気を振り絞って、彼らの手を取る。 「お願いだ。ハーデスの傍にいてやってくれ。 あの子がポセイドンとゼウスに苦しめられないように、見守ってやってくれ」
口に出したところで、どれほど意味を成すのかは判らないが、それでもそう叫ばずにはいられなかった。 彼らだけが頼りなのである。 腕の中で泣いていた弟を守る為には、彼らの協力が是非とも欲しい。
このチャンスを無駄にするわけにはいかない。 それが後に自分にとって災いを呼ぶ事になっても……。 その時、彼女の脳裏に聖戦の時の双子の神の姿が蘇った。
高い戦闘能力とその存在感。 あの時の自分は弱い立場だった。 今、彼女は彼らに頼みごとをした事で、恐ろしくて気を失いそうになる。
だが、双子の神々は静かにパンドラの手を握ったのである。 「エリス。 我々はこれから冥王の元へ行くつもりだが、そうなるとあの三兄弟のバランスはどうなる?」
ヒュプノスの問いかけにエリスは驚いたようだが、すぐに笑顔になった。 「むしろ兄上たちがいた方がいい。 冥王は他の神々を拒絶する傾向がある」
するとタナトスも薄く笑った。 「では、オレたちは直ぐにでも冥界へ行く。 みんなにはエリスから説明しておいてくれ」 そう言って彼らはその場から姿を消した。
パンドラはいったい何が起こったのか判らずに、茫然としてしまう。 (私の言葉が通じたのか?) だが、そのわりにはヒュプノスもタナトスもパンドラに話しかけたりはしていない。
エリスはパンドラの方を見る。 「お前を呼んだのは、多分母上だと思う。そうでなければ、母上に気付かれずにここへ来るのは不可能だからな。 お前が何者か判らないが、あの兄たちを説得するとは何を言ったのだ?」
やはり声は出ていなかったようである。 パンドラは急いで立ち上がろうとした。 だが、その時誰かに腕を引っ張られたのか、彼女は後ろにひっくり返ってしまう。 |