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運命の糸 3

「何か変わった事はないか?」
双児宮にやってきたエリスに、沙織が駆け寄る。
動くと浄化の術の模様が彼女の足に刺激を与えるのだが、沙織はそんなことを構ってはいられなかった。
「さっき振動があったわ」
だからと言って沙織には部屋の様子が変わったのかは判断できなかった。
(創設に関わった先生でないと、細かい所がどうなったのかは判らない……)
競いの女神だった時代、エリスは地上を護る為のシステムを、他の神々と協力して作り上げた。
なぜなら彼女の司る『競い』は相手が何者であれ、その力関係を対等にまで引き上げる。 それは相手の力を見抜き、味方を同じレベルまで鍛える事が出来るという事。
それゆえに、聖域の事について彼女以上に知っている存在は居ないと言って良い。
今、彼女がここにいるのは、非常に幸運な事だった。
エリスは床にしゃがみ込む。
「ペガサスの姉。 今度はここに居てくれ」
エリスに言われて、星華はペガサスの神聖衣を抱えると言われた場所に移動した。
「どうやら力の流れが変わったようだ。 この事がどう作用するのかは私にも判らないが、二人とも自分の成すべきことを全うしてくれ」
争いの女神の言葉に、二人の少女は頷いた。
その時、星華はエリスの髪の毛先が歪んだ様な気がした。
瞬きをすると、そこは何もなかった様に普通の姿。
(幻覚??)
沙織の方を見たが、彼女は普通にエリスと会話をしている。
「ところで絵梨衣さんは、大丈夫なの?」
彼女は不安げに尋ねる。
「人馬宮に閉じ込められているが、ここよりも変化の少ない場所だから心配するな。
それと少し用が出来た。
私が戻って来るまでに何かあった場合、さっさとここを脱出しろ。
命を賭けるのはいいが、命を棄てる行為はやるな」
エリスは言うだけ言って部屋を出る。
(やっぱり普通だわ……)
星華はエリスの後ろ姿を見送った後、ペガサスの神聖衣を見た。
再び部屋に妖気が入り込み、沙織は直ぐさま黒い靄を散らし始める。

紫龍が春麗と貴鬼を連れて広場へ現れた時、シオンとムウは驚きながらも拳に力を込めた。
「げっ!」
デスマスクは春麗の存在に慌てる。
この場にそぐわない少女の登場で、彼らに近付いたのはシュラ。
教皇と二人の黄金聖闘士の様子に、何か混乱が起きる気がしたからである。
「紫龍、この子はどうしたんだ?」
「わけあって連れてきたんだ」
紫龍がそう言うや否や、彼らは一人の男の気配を感じた。 咄嗟にシュラが春麗を持ち上げる。
「きゃっ!」
いきなり軽々と持ち上げられて、春麗は悲鳴を上げる。
シュラはその男の殺気に満ちた小宇宙に、とっさに春麗を引き離してしまったのだ。その男が少女に危害を加える筈がないというのに……。
この笑えない勘違いは、シュラも瞬時に失敗したと思った。
「紫龍、何故春麗を連れてきたのですか」
その口調に紫龍と貴鬼とシュラは背筋に冷たいものを感じる。
(ムウは紫龍を消すつもりか!)
もちろん、この場合はスターライトエクスティンクションの事ではない。
「ムウ様、私が連れてきてもらったんです。 紫龍は悪くありません」
シュラに掴まりながら弁解する春麗を見て、ムウは貴鬼の方を見た。
「本当ですか?」
その冷え冷えとした微笑みに、貴鬼は何度も頷いた。