人馬宮の壁が振動を起こす。 エリスと絵梨衣は天井を見上げた。 「あいつら、何をやっているんだ!」 争いの女神が再び床を見ると、絵梨衣を閉じ込めている円陣がゆっくりと点滅を繰り返していた。
(力のバランスが崩れているのか?) それが吉と出るか凶と出るのかは、彼女も判断しかねる。 その時絵梨衣が小さなくしゃみをした。 「寒いのか?」
絵梨衣は素直に頷く。 自分以外に人の気配のない部屋は、やはり寒い。 しかも彼女は光の円陣に閉じ込められているので、自分ではその場から離れる事が出来ない。
「このマントをまとえ」 エリスはその手に漆黒の布を出した。 絵梨衣は顔を赤くしながらそのマントを受け取る。 「ありがとうございます」
彼女は素直にそれをまとう。 マントは非常に大きかった。床に布がついてしまう。 だが冷えきった身体に温かさが少しづつ戻りはじめた。 「洗ってお返しします」
絵梨衣は裾を摘みながら言う。 だが、エリスは手を軽く横に振った。 「その必要はない。 もし必要なくなれば、山羊座に譲ってやってくれ。
私はあの男からマントを借りたのだが、母上に取られてしまった」 「??」 「布地の感触が良いと言って、母上が手放したくないと言うのだ。
仕方ないからこっちを貰ってきた。 ついでに蟹座の分もあるから、預かっていてくれ」 彼女は丁寧に折り畳まれた漆黒の布地をもう一枚出す。
「……判りました」 絵梨衣は自分がかけているマントの感触を頬で確かめる。 漆黒の布は決して不快な感じはしない。むしろこれほどの量があるのに軽くて、とても魅力的な光沢と肌触りだと思えた。
それでも黄金聖闘士のまとうマントの方が良いとは、いったいどんな極上の布をつかっているのだろうか? (きっと、普通の人には過ぎたものなんだわ)
絵梨衣はこの布で服を作ってみたい気はしたが、恐れ多すぎて直ぐに考える事を止めた。 「依代。過分な欲を潔く棄てるのは良い事だ。 苦労をかけるが、今しばらく頑張ってくれ」
エリスの優しい言葉に、絵梨衣は胸が一杯になる。 「いいえ。その言葉だけで充分です」 思わず涙ぐんでしまう。 「では、この神聖衣のお守りを頼む。
構ってやらないと拗ねるからな」 エリスはそう言って笑いながら、部屋を出て行った。 「お守り?」 絵梨衣はしゃがむとキグナスの神聖衣を見つめた。
崩壊した聖域の町。
エスメラルダはその光景を見て青ざめた。 「エスメラルダさん?」 春麗が彼女に寄り添う。 「……怖い」 確かに尋常ではない光景である。
「何でこんな所に来ちゃったんだろう」 貴鬼は自分が目測を誤った事を素直に詫びる。 その時、誰かが彼らの元へ駈けて来る。 「紫龍!」
それは瞬だった。 |