紫龍の思い詰めた表情を見て、春麗もまた俯いた。 エウリュディケーの事を思い出したからである。 聖闘士である恋人をおいて、去らなくてはならなかった彼女が可哀相だった。
恋人が自分の為に色々と苦労している姿を、彼女は見ていたのかもしれない。 (オルフェさんを一人にさせてしまうの、きっと辛かったんじゃないかしら……)
春麗は二人の運命の残酷さに、再び涙ぐむ。 すると心配そうな表情で、エスメラルダが彼女の顔を覗き込んだ。
オルフェとしてはユリティースが春麗に預けたものが、人間の少女だった為に非常に困惑している。
ユリティースが自分に対してエスメラルダを守ってほしいと言ったのなら、自分は命懸けになってもユリティースの望みを叶えるが、今回はどうも春麗の手助けをする程度に止めておいた方が良さそうに思えた。
「そういえば、ドラゴンはエスメラルダさんを誰かと思っていたみたいだが……」 話を振られて紫龍は、エスメラルダの方を見る。 確かに先程の騒ぎで、彼女に詳しい事を話してはいない。最も大事な者の事に気を取られて、エスメラルダの事は二の次だった。
だが、紫龍も詳しい事を知っているわけではない。 「その……、もしエスメラルダさんの方で不都合が無ければ、会ってほしい人がいるんだ……」
「どなたですか?」 エスメラルダは少し不安げに尋ねる。 「一輝という男なんだが、何か思い出さないか?」 名前を聞いただけで思い出すとは考えられないが、それでも何か期待を込めて尋ねてみる。
エスメラルダはしばらく、その名を呟いた。 「あの……、その方に会えますか?」 「今すぐなら、運が良ければ会えると思う。 だが、時間が経つと会うのが難しくなる」
紫龍としてはエスメラルダを急かす気はない。ただ、事実を言ったまでである。 「それならエスメラルダさん。聖域に行ってみようよ。
オイラがテレポートで連れて行ってあげるよ」 「そうですね。 お願いできますか」 彼女は即答する。 すると今度は春麗が不安そうな表情をした。
「でも、聖域は今大変なんでしょ」 春麗は老師については、任務の為不在と聞かされている。 シオンもここで待てと言って、ムウと共に聖域へ戻ったのである。
「春麗さんも行かれますか?」 オルフェの言葉に紫龍が驚く。 「オルフェ!春麗は……」 しかし、彼は紫龍の反論をきっぱりと制した。
「春麗さんはエスメラルダさんをユリティースから預かっている。その彼女をここに残してエスメラルダさんを連れ回すわけにはいかない。 春麗さんにも立場ってものがある。
危険に関しては我々が傍にいるんだ。全力で守ればいい」 そう言ってオルフェは立ち上がる。 「オルフェさん。私も行って良いのですか?」
意外な展開に春麗の方が茫然とする。 「行きたくないのなら、無理には言いません」 しかし、春麗は急いで立ち上がるとオルフェに礼をした。
「ありがとうございます!」 そして春麗とエスメラルダは手を取り合う。 「春麗さん、ありがとうございます」 エスメラルダ自身、春麗と離れる事に少しだけ不安を感じていた。
「それじゃぁ、聖域へ行こうよ」 貴鬼が春麗とエスメラルダの手を取って外へ出た。 いつの間にか雨は止んでいた。 |