その頃、ハインシュタイン城では次々と異常事態が発生していた。 パンドラが原因不明の症状で倒れた後、何故か城中の外につながる扉が固く閉ざされてしまったのである。
もちろん冥闘士たちはお叱り覚悟で扉を粉砕しようとしたのだが、扉には傷一つ付かなかった。 「閉じ込められたな……」 ラダマンティスは部下たちに扉を攻撃する事を止めさせる。
明らかに何らかの力が働いている以上、無意味な事をやらせて部下の体力を消耗させるわけにはいかない。 彼は部下たちに城の警護を命じて自分はパンドラの傍に居る事にした。
再び彼は冥衣をまとう。 任務はただ一つ。 ありとあらゆるものからパンドラを守る事。 不安と疑惑の中にいた為か、むしろ彼らはこの異常事態の発生で冷静さを取り戻していた。
だが冥界管轄の彼らにも、パンドラの身に何が起こったのか判らない。 彼女は今、青白い顔で少し苦しそうに眠っている。 (もし、俺たちに敵対する者の仕業なら、瞬殺してくれる!)
ラダマンティスは窓の外を見ながら、悔しそうに壁を叩いた。 思ったより音が響いた為、慌ててパンドラの方を向く。 その時、彼は部屋に香水のような香りが漂っている事に気がついた。
(何の香りだ。 毒物では無さそうだが……) 香りの種類など、当然彼には判らない。 するとパンドラが少しだけ瞼を開けた。 「……ラダマンティス……」
「ここにおります」 彼はパンドラの顔を覗き込む。 「……花の香りがするが、お前が持ってきたのか?」 パンドラの問いかけの意味がラダマンティスには判らない。
「えっ?」 その様子を見てパンドラは弱々しく笑った。 「お主が花を持って来るような男でない事は判っていたのだがな……」 花と言われてようやく種類が判ったが、実は部屋の中には花は一輪も無い。
だが、部屋の様子はパンドラには判らない。 彼女は何処かに花があるのだと思っているようだった。 「……これは水仙の香りだ。 私もこの花が咲くと、とても嬉しい気持ちになったものだ」
パンドラは懐かしそうに天井の方を見つめた。その目からは涙が零れる。 ラダマンティスは彼女の涙を拭おうと手を伸ばして、その動きを止めた。 動けない彼女に触れる事は恐れ多かったし、そして誰かがこの部屋に近付いている気配を感じたのである。
部下たちなら足音で聞き分けられるが、部屋の外の気配に足音は聞こえなかった。 緊張した表情のラダマンティスを見て、パンドラはゆっくりと手を伸ばした。
「ラダマンティス……」 そして彼の手に触れる。 咄嗟にラダマンティスはパンドラの手を握った。 「パンドラ様、命に代えてもお守りいたします。
ご安心ください」 彼がその手に力を込めると、パンドラは痛みを感じたのか顔を顰める。 「力を入れすぎだ。バカモノ」 しかし、彼女は嬉しそうな表情をする。
そして部屋の扉はゆっくりと開かれた。 |