その頃、五老峰は緊張と静けさの中にあった。 とにかくカノンは倒れるし春麗が不安定な状態、しかも敵の行動が読めないので、全員がこの地から離れる事が出来ない。
それゆえ今度は僅かな時間を利用して、体力の回復を行う事になった。 何しろ下手をすれば長期戦になるのである。 紫龍は普段着になると、厨房へ立っていた。
「教皇シオンやオルフェの口に合えばいいが……」 「大丈夫だ。昔、童虎に作ってもらったが、結構美味かった」 シオンは懐かしげに答える。
そこへエスメラルダが花の活けてある花瓶を持って、通り過ぎようとしていた。 「エスメラルダさん、その花は……」 貴鬼が話しかける。
「春麗さんが気にされていたので、お見せしようかと思ったんです。 エウリュディケーさんが下さった花だそうです」 その名前にオルフェが反応する。
彼は美しい花をじっと見た。 そこへカノンが頭を押さえながらやって来た。 「大丈夫なのか?」 そう言いながら紫龍は皿に料理を盛る。 「こんな非常時に、美味そうな匂いをさせやがって……」
彼は呆れているらしい。 すると貴鬼から箸を受け取りながら、シオンは答える。 「仕方あるまい。こっちは普通の人間だ。 神と違って休息を取らねば身体がもたない」
シオンのセリフに、カノンと紫龍は同意しきれないのもを感じた。 人間の寿命をとっくに超えた男のセリフとは思えないから……。 (このジジイは絶対に人外だ)
カノンは口にこそ出さなかったが、その表情が雄弁に物語っている。 エスメラルダがそんな冷やかな雰囲気に首を傾げていると、背後で人の気配がした。
「……」 そこには目を真っ赤に泣きはらした春麗。 「春麗。今、君の所へ行こうと思ったんだ。 とにかく食事だけは取って欲しい」
紫龍の気遣いに、彼女は小さく首を立てに振った。 春麗が泣くのを止めたのは、エスメラルダが居たからである。 エウリュディケーが聖域から隠れていた理由は判らないが、彼女がそう望んだのならエスメラルダを護る事が、優しかった精霊との約束を違えない方法だと判断したのだ。
その為には自分が引きこもってはいられない。 「私は、もう大丈夫……」 それは自分自身に言い聞かせるかのようだった。 |