『おかしい……』
異空間でヒュプノスは絵梨衣に術を何度もかけているのだが、その術が上手く作用しないのである。 『娘、何を拒絶しているのだ。 このままなら記憶を全て消す方法で、お前を悪夢から解放させるぞ』
ヒュプノスは脅迫染みた事を言うが、絵梨衣にも原因が判らない。 彼女は目に涙を溜めながら首を横に振った。 「お嬢さん。何か怖い事でもあるのですか?」
ナターシャが優しく問いかける。 『お前は、元に戻る事を怖がっている様に思える。 キグナスの所に戻りたくないのなら、そう言え』 すると絵梨衣は俯いた。
「違います! ただ……、私が氷河さんの傍にいて良いのかなって……」 自分の事で彼に傷を負わせた事のある過去が、彼女の心を不安定にしていたのである。
ナターシャは絵梨衣の肩を抱くと、頭を撫でながら話しかけた。 「……絵梨衣さん。 母親の私が言うのも何ですが、氷河はそれくらいで負ける子ではありません。
あの子を信じてあげて下さい」 「小母様……」 絵梨衣の言葉に、ナターシャは寂しそうな顔をする。 「絵梨衣さんは氷河の事、友達として好きなのかしら?」
ナターシャの謎かけに、絵梨衣は首を傾げる。 「そんな……。 と、友達としてじゃ……」 しどろもどろに答えた後、恋人の母親が何を言いたかったのか、彼女は気付く。
「あの……」 絵梨衣は本当に口にしていいのか戸惑う。 そして自分の中で妥協点として、小さく声に出した。 「……おかあさんって呼んでいいのですか?」
自分のあまりの図々しさに、絵梨衣は恥ずかしくなった。 ナターシャは彼女の髪に触れる。 「さっきは、そう呼んでくれたわ」 それは意識が朦朧としていたからである。
「絵梨衣さん?」 ナターシャの笑みは、限りなく優しい。 絵梨衣の目から涙が零れる。 「おかあ……さん。おかあさん」 ナターシャが自分にしてくれた事。それだけでも、絵梨衣にとって彼女は母親以上の女性だった。
そしてナターシャは自分にしがみつく少女を優しく抱いた。 |