エリスとナターシャの賭けは、ほんの数秒で決着がついた。 彼女たちの前に一人の神がやってきたのである。 『エリス、時間切れだ』 金の髪と黒い闘衣をまとう青年は、その額に六芒星の印がある。
「ヒュプノス兄上……」 エリスは直ぐさま視線を青年からナターシャの方へ向けた。 「何故ここに……。 依代なら私が連れて行く」 『迷った以上、お前の負けだと言っているのだ。
黄金はこちらにある』 彼はそう言って、ナターシャの左手を指さした。 『開けてみろ』 闖入者の言葉に従って良いのか、ナターシャはエリスの方を見たが、彼女は何も言わない。
仕方なく手を広げると黄金の粒が握られていた。 彼はその黄金の粒を手にとる。 『絶対に当てようと言う気がないのなら、賭けなどやるな』
「……」 エリスはヒュプノスを睨み付ける。 だが、それ以上の行動はしない。 何か諦めている風でもあった。 「あの……、あなたは?」 ナターシャの問いかけに、ヒュプノスはにこりともせずに答える。
『エリスの兄のヒュプノスだ。眠りを司る。 お前をここに連れてきたタナトスとは兄弟だ』 ナターシャはその紹介に、何か安心した様に微笑んだ。
タナトスは姿を見せなかったが、目の前にいる青年が兄弟と言うのならこういう感じなのだろうと思ったからである。 絵梨衣はヒュプノスの登場に、茫然とするしかない。
『お前にとって、あれは宝かもしれないが、私から見ればお前を縛りつける呪いだ。 もうそろそろ、自分を解放してやれ。 今の時代の聖闘士たちなら、きっと何とかするだろう。あいつらは愚かと思えるくらい真っ直ぐだ。
そして今なら他の神々は余計な手出しはしない筈だ。』 ヒュプノスはそう言いながら、エリスの前に白い杖を出した。 女神の試練の時に、エリスが母神から預かっていた白い蛇の絡まっているあの杖である。
『それからヘカテ様の杖に何かあったらしい。必要になるかもしれないから渡してくれと言われた。 エリス、せっかくだから神々に華々しい嫌がらせをやってやれ。
お前の怒りはもっともだ』 争いの女神はしばらく空中に浮かんでいる白い杖を見たが、兄神の言葉を聞いた直後、その眼差しに厳しい光が宿った。
「兄上たちにはいつも助けられるな……」 彼女は白い杖を掴む。一瞬、杖は光輝く。 『…… この二人に関しては私に任せてもらおう。 お前は地上に戻るんだ。さっさと決着をつけて来い』
兄神はやはり表情をあまり変えない。 「では、ヒュプノス兄上。行ってくる」 だがエリスは楽しそうな笑みを浮かべると、その場から姿を消した。 |