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「エウリュディケー……?」
その名が出た時、オルフェは自分の中で何かが大きく脈打った。 不安と恐怖。 そして話を聞いてはいけないと言う警戒。 だが、そんな思いとは裏腹に、彼はカノンに尋ねていた。 「……誰ですか?その方は……」 彼の声が震えている事に、その場にいた全員が気付く。 オルフェの顔色は、血の気が引いているかのように青ざめている。 カノンはオルフェの目を見て答えた。 「闘士たちの復活に関わった女神ヘカテの側近の名だ。 人間の時はユリティースと言う名で、お前の恋人だった女だ」 春麗はそれを聞いて、咄嗟にオルフェの方を見た。 (この人がエウリュディケーさんの恋人?) あの優しかった精霊が聖闘士と恋仲だった事に、彼女は不思議な気がした。 「嘘だ……」 女神ヘカテの側近。 オルフェにとって、その言葉は何よりもショックだった。 冥界で彼女と別れた時、それでも心の何処かで、いつかまた再び巡り逢える事を望んでいた。 だが、別の女神に属する存在であると言われたら、もう自分の手には届かない。 「こんな嘘を言って何になる。 俺は女神の側近として振る舞う本人にも会った」 今度は春麗が驚きの声を上げる。 聖域に黙っていて欲しいと言った彼女が、黄金聖闘士に会っているのが不思議だからである。 「でも、それじゃぁ……何で、ユリティースが他の人に預けたものを僕が受け取らなくてはならないのですか? ユリティースは来れなくなったんですか?」 オルフェの言葉に、春麗はカノンの方を見た。 「エウリュディケーさんに何かあったのですか?」 嫌な予感が彼女の心に痛みを与える。 カノンは少し沈黙した後、静かに答えた。 「彼女は行方不明だ。俺の目の前で空間の歪みに呑み込まれた」 多分、亡くなったと言っても良いかもしれないが、あの場面でそれを判断するのも彼には間違いのように思えた。 誰も彼女の死を確認していないのである。 それに状況だけで死の宣告をする事は、サガも同じように思えてしまうので、絶対に言いたくない。 オルフェは表情を強張らせている。カノンの言わんとする事を察したからだろう。 だが、春麗にはその言葉すら衝撃だった。 「嘘よ……。 エウリュディケーさん、また来てくれるって言ってたもの……」 力が抜けたかのようにその場にしゃがみ込もうとする春麗を、シオンが咄嗟に抱える。 「童虎の弟子。春麗を少し休ませるんだ。 それからカノン。お前はしばらくここに居ろ」 「断る。俺は奴を追う」 そう言ってカノンが背を向けた瞬間、彼の身体に竪琴の弦が絡まった。 |