春麗が恐怖で顔を背けた瞬間、森が大きく騒めいた。 そして青年は春麗から離れる。 閃光がその間に入ったからである。
「貴様は!」
彼は自分と小娘の間に入った者の存在に驚く。 「サガ。春麗に手を出す事は許さない」 龍星座の紫龍が聖剣エクスカリバーを使ったのである。
彼は上手く避ける事が出来たが、傍の木が音を立てて倒れる。 「よかろう。貴様も一緒に葬ってやる」 彼は攻撃技を使おうとしたが、この時自分の背後の気配に気付いた。
「紫龍。その子を早くここから逃がせ!」 双子座の聖衣をまとったカノンが黒い靄の中から姿を現した。 「カノン!」 「早くしろ!足手まといだ」
カノンの怒鳴り声に、紫龍は素早く春麗を抱き上げる。 まずは春麗をここから引き離さなければならない。 彼女を巻き込む事は絶対にしたくなかった。
春麗は突然の事にどう反応していいのか判らず、茫然と紫龍の姿を見ている。 (相手はあのサガ。カノンにも他の人間を気遣う余裕は無いだろう) 紫龍はそのまま春麗を連れて、その場から立ち去った。
「こんな所で遭うとはな」
カノンは邪悪に支配されている自分の兄を見た。 テティスの行方を知りたくてここへ来たというのに、禍々しい小宇宙を感じて駆けつければ自分の兄がいる。
(ここで決着をつけねばなるまい) これ以上犠牲を増やす訳にはいかない。 しかし、相手は何やら不思議そうに自分の事を見ている。 「お前は誰だ」
カノンは幼い頃から感じていた疑問を口にする。 兄の中に潜む別人。その攻撃的な小宇宙を感じて、カノンは相手が只者では無い事を認めた。 頭に鈍い痛みが走る。
自分と同じ顔の異質な青年は、薄く笑った。 「愚問だ。お前が俺を知る必要はない」 「そうか。ならば口を割らせるのみだ」 目の前にいるのは、敵。カノンは既に覚悟を決めている。
黒い靄は徐々に消えかかり、五老峰は血塗られた朝を迎えようとしていた。 |