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黒の聖域 5

不公平な賭けの結果が出ようとした時、ナターシャが絵梨衣の手を両手で包んだ。
「女神様。この勝負は無効にして下さい」
いきなりの申し出に、エリスは不愉快そうな顔つきになる。
「何をいきなり言う。依代はこの賭けで良いと言っているんだ」
しかし、彼女は女神に対して恐れる様子も見せずに答えた。
「お嬢さんは女神様の依代で、その心は同調されているのです。 ご自身で賭けをやっているような状態で、息子の運命が左右されるのは私が納得出来ません。
この賭けは私が行ってこそ、このお嬢さんも諦めがつくというものではないでしょうか?」
この時エリスは強引に決着を付ければ話は終わったのだが、やはり彼女は『競い』の女神だった。
絶対者に立ち向かう者を応援する存在ゆえ、ナターシャの申し出に納得してしまったのである。
「依代。キグナスの母親に委ねるか?」
絵梨衣はナターシャの言葉に涙を零して頷いた。
エリスが選びナターシャがその手に包んでくれた掌には、小さな黄金の粒が握られていたのである。
ナターシャは優しい笑みを浮かべながら、絵梨衣から黄金の粒を受け取る。
「では女神様。 選択肢は三つです。
右か左か、それとも私がイカサマをして粒を隠してしまうか。 お選び下さい」
彼女は驚くべき事を言いながら、両手を握った。
絵梨衣は驚いてナターシャの方を見る。
エリスも驚いたが、動揺している事は悟られたくなかった。
(第三の選択肢を出したか……。 確実に当てなくては、女神としての面目が丸潰れだな)
イカサマをすると宣言した以上、既にこの勝負にイカサマは無い。
エリスは見抜けなかったという記憶をずっと持ち続けるだけである。
(依代なら私が優位だが、キグナスの母親ではこっちが惑わされてしまう)
余計な事を考えれば考える程、相手の心理が判らなくなってくるのだ。
ナターシャは早く答えてくれと言いたげに、楽しそうに微笑んでいた。