ブルーグラードでは、結局アレクサー・氷河・アイザックの三人がナターシャの案内で目的の場所に向かっていた。 ナターシャも兄が忙しい事は知っていたので、兵士の誰かで十分だと言ったのだが、アレクサーが頑として承知しなかったのである。
「随分、妹を可愛がっているんだな」 アイザックは横を歩く氷河に話しかけた。 前方にはナターシャとアレクサーが歩いている。 彼女は時々、兄の方を向いて優しい笑みを浮かべている。
「そうだな……」 彼女は父親を手にかけた兄を許したのだろうか? 何故、あのように笑えるのだろうか? ナターシャを見ている視線にアレクサーが気付く。
「何か言いたげだな」 「いや、別に……」 アレクサーはナターシャに先に行くように告げると、その場で立ち止まった。 アイザックが歩調をやや早める。
「いくら地元でも、油断はしない方が良い」 アレクサーの前を通った時、海将軍はそう言ってナターシャの斜め後ろについた。 「……」 アレクサーは特に反論もせずにいる。
「……」 氷河とアレクサーの間に、氷原を渡る風よりも冷たい空気が漂う。 少しだけ話をしたのはアレクサーだった。 「ナターシャはあの事件の後も、変わらなかった……」
「変わらなかった?」 「俺が父に追放される前のようにだ」 その表情はどこか困惑している風でもあった。 「見回りから戻れば真っ先に出迎えるし、自分が外に出る時は俺にその許しを得ようとする。
だから一度、何故裁かないのかと尋ねた事がある」 いきなりの本題に氷河はアレクサーを見た。 彼はじっと前を見ている。 「するとナターシャは何て言ったと思う。
『父を失って辛かったのは、私だけではないからです。 お兄様もお父様と最後まで分かり合えなくて辛かったと思います』 あの子はそう言ったんだ……」
アレクサーはそれっきり口をつぐんでしまった。 たった一人の妹が常に自分の理解者になると言ってくれた事が、彼の心を大きく変えたのだと氷河は気付く。
その心優しい娘は海将軍と何かを話していた。
「アイザックさん。兄が失礼な事をしてすみませんでした」 ナターシャは兄の非礼を素直に詫びる。
「別に構わない。 妹の身を案じているのだろう」 世の中には、ああいう兄妹仲もあるだろうと彼は単純に考えていた。 「ところで夢を見たと言ったが、ナターシャは巫女か何かなのか?」
古い土地では神懸かり的な力を持つ存在が巫女や神官として、その土地を守る事がある。 「巫女とは違いますが、小さい頃から妙な夢を見る事があります」
そう言いながら彼女は沈んだ表情になる。 「当たらなければ良いといつも思っていましたが、今回だけは当たって欲しいです」 その言葉にアイザックは彼女の見る夢の的中率が高いらしい事に気がついた。
(そうでなければ、ブルーグラードが無事なわけがない……) 温厚な父親が娘の力を使って国を治めていたのかは今となっては判らないが……。
「兄は幼い頃言った私の夢の内容を覚えていて、私が闘士の方と知り合う事を警戒するのです」 「随分、年季が入っているんだな」 「そうですね……。
あの時、私は何処かの闘士の方に自分が殺される夢を見て兄に泣きついたんです。 もう一人女の子がいたように思えましたが、私には姉妹はいませんから、ただの夢に違いないのです。
でも、兄は私の話を聞いてくれて、私を守ると言ってくれました。その言葉で、私はようやく安心して眠る事が出来たのです。 今思えば、優しい兄をブルーウォーリアにしてしまったのは……」
ナターシャは泣きそうな表情でアイザックの方を見た。二人はいつの間にか並んで歩いている。 だが、やはり彼はクールだった。 「闘士は生まれた時から宿命の星を持つ。
たとえ違う国に生まれていても、彼はブルーウォーリアになっていただろう」 アイザックのきっぱりした物言いに、ナターシャはそれ以上何も言えなかった。
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