同じ頃、ドイツのハインシュタイン城では、ラダマンティスがパンドラの傍に付き添っていた。 彼女は静かに眠っている。 自分たちを復活させる為に女神の試練を受けた少女。
ラダマンティスは偉業を成し遂げた自分の女主人を見つめた。 (パンドラ様……) 彼はパンドラの頬に手を伸ばそうとして、触れる事を止める。
(俺はこの人を守りたい……) そこへ部屋の扉をノックする者あり。 「ラダマンティス様、バレンタインです」 「入れ」 ラダマンティスは一瞬にして、厳格な冥闘士たちのトップである顔に変わる。
扉は開かれて、忠実なる部下が静かに入ってきた。 「何かあったのか?」 「はい。ミーノス様から、書類が届きました」 そう言ってバレンタインは黒い封筒をラダマンティスに渡す。
「書類?」 受け取り拒否をしたい気はしたが、部下の手前そんなみっともない事は出来ない。 彼は渋々書類を読んだ。 そして表情を変える。 「なるほど……」
忠実な部下は、どうしたのかとは聞かない。 ラダマンティスは、バレンタインに中身を渡した。 「ミーノスもそれなりに考える男だったんだな」
彼は暴言を吐きながら、再び眠っているパンドラを見つめた。 「ラダマンティス様……これは?」 「冥界の調査書だ」 内容は、原因不明の異常事態発生というものだった。 空間に歪みが見られるという。通常業務に戻るには、その事態をどうにかしなければならない。
一応、異常が判っているのは、嘆きの壁付近と花畑。 空間の不安定さは、いずれ他の所にも歪みを発生させる可能性あると書かれている。 今、冥界は混乱状態ゆえに、ラダマンティスと残した部下のみでパンドラ様を守れと言う内容だった。
(言われなくても、あらゆるものから守ってみせる) ラダマンティスは拳に力を込めた。
(あの厳格な秩序に支配されていた冥界が……) バレンタインは動揺した素振りをみせず黒い封筒を受け取ると、書類を入れた。
確かに冥闘士たちは混乱している。 自分たちの仲間の異変。それは自分の身にも降り掛かるのではないかという不安を呼ぶ。 だがバレンタインにとっては、目の前にいる上司が無事である事の方が意味合いは大きかった。
(私はラダマンティス様の命令に従うのみ) 城に残った他の者たちもそのつもりである。 彼が一礼して退室しようとした時、ラダマンティスが彼を呼び止める。
「バレンタイン……」 「はい?」 「もし、俺が部下であった者たちをこの手にかけなくてはならなくなった時、お前はどうする?」 彼はバレンタインを見ていた。
「私はずっと、ラダマンティス様の部下です。 もし、私が正気を無くした時は、ラダマンティス様の手にかかりたいと思っています」 するとラダマンティスは不敵な笑みを浮かべた。
「俺はお前が正気を失う事など無いのを知っている」 バレンタインは表情を変えずに一礼すると、部屋を出た。 (……) 彼は敬愛する上司に動揺している事を知られずに済んで、ほっとした。 |