氷河にとってそこは懐かしいというには、やや血なまぐさい記憶のある場所。 しかし可憐な少女の登場で、辺りの雰囲気が変わる。 「お兄様、おかえりなさい」
ブルーグラードに到着した彼らを、アレクサーの妹のナターシャが優しい笑顔で出迎えたのである。 「氷河さん……」 彼女は兄の背後にいる闘士を見て、驚きのあまり口元を手で押さえる。
「久しぶりだな、ナターシャ」 「お久しぶりです。お元気そうで……」 その後、彼女はその美しい瞳から涙を零し、言葉が紡げなくなってしまった。
「おい、ナターシャ」 氷河が慌てた途端、彼はアレクサーとアイザックの冷たい視線を感じた。 アレクサーは判るとして、アイザックの場合は明らかに自分を軽蔑している。
「アイザック、何か誤解をしているだろう」 「誤解はしていない。お前を見て彼女が泣いたと理解しただけだ」 アイザックはクールに言う。
すると今度はナターシャがアイザックの方を涙で潤んだ目で見つめた。 「すみません。お客様がいらっしゃるのに、はしたない所をお見せして……」 控えめに恥じらう姿は、本当にこの兄妹は血が繋がっているのかと疑いたくなる程、たおやか。
「ナターシャ。この二人は人探しをしている。 お前は見知らぬ女性がここら辺に現れた等という話を聞いていないか?」 アイザックの紹介は無しかと氷河はツッコミを入れたいが、妹に悪い虫を付けたくない兄が男を紹介するわけがない。
仕方なく氷河がアイザックをナターシャに紹介した。 「女性ですか?」 ナターシャは氷河の方を見る。 彼女は、どこかほっとした様子の笑顔を見せた。
「では、兄を捕らえに来たわけでは無いのですね」 彼女の言葉を氷河は即座に否定する。 「違う。 アレクサーが協力を申し出てくれたから、ここへ来た。
手間を取らせる気は、無かった」 氷河の言葉に彼女は自分の兄を見る。 攻撃的な兄が、以前敵対した闘士の窮地に協力を申し出たという事が嬉しくて、自然と涙が零れた。
「お兄様……」 「お前との約束だからな」 妹の震える声を察して、アレクサーは彼女から目を逸らした。 自分の行為を悲しんで厳寒の大地にその身を晒した妹。
たった一人の肉親である彼女を失うかもしれないと思った時、自分の行動の過ちに気付いた。 ブルーグラードの環境はとても厳しい。 だからこそ、大切な妹や民を命の危険の多いこの大地から引き離したかった。
しかし、その地を離れれば、今度は戦乱によって妹たちは命を失うかもしれない。 今の自分の力では自分しか守れない事を知った時、アレクサーは別な方法で妹や民を守る事に決めたのである。
彼自身はまだ、どうすれば良いのかは判らなかったが……。 そしてナターシャは氷河の方を見て何かを思い出したらしく、小首を傾げた。 「お兄様。私、出掛けてきても宜しいですか?」
「どうしたんだ?」 アレクサーは怪訝そうな顔をする。 「今朝、不思議な夢を見ました。 母親が娘さんを起こそうと呼びかけているのです」
彼女の言葉に、氷河は自分の見た夢を思い出す。 (まさか……) しかし、偶然というには出来過ぎな気がする。 氷河はナターシャの肩を掴んだ。
「ナターシャ!その場所を教えてくれ」 二人の傍では、二人を引き離そうとしたアレクサーがアイザックに羽交い締めにされていた。 |