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祈り 6

「氷河さんと、一緒にはいられないのですか……?」
「巫女なら、いられない。 基本的に私は中立だ。
何処の闘士のもとへも自分の巫女を嫁がせたりはしない。
だが、実際は信仰されていないし、お前がキグナスを慕おうが嫌おうが私には関係ない」
最後の言葉に、絵梨衣はほっとして嬉しそうに笑った。
その輝くような笑みに、氷河の母親のナターシャは彼女を抱きしめる。
「ところで私の質問に答えて貰おう。結婚式の場面を見ているのか?」
エリスの質問に絵梨衣は頷く。
「見ています。災いを呼ぶと言われました。
あれは何なのですか?」
すると、エリスは眉を顰めた。
「言葉まで知っているとは、同化しすぎだ。
では、答えよう。 お前が見たその光景は、私の友である海の女神テティスの婚礼だ。
私はそこで黄金のリンゴを使って、神々の間に争いを起こした」
絵梨衣はその説明で、ある言葉を思い出した。
以前読んだギリシア神話の一場面。
テティスの婚礼に呼ばれなかった不和と争いの女神エリスは、『もっとも美しいものへ』と彫られた黄金のリンゴを取り出す。
そのリンゴを受け取るのに相応しいものだと主張したのが、ヘラ・アテナ・アフロディーテの三女神。
結局、審判役のパリスと言う青年が、三女神それぞれの贈り物のうち、アフロディーテの言った世界一の美女ヘレネをもらえる事に心を動かされて、アフロディーテを選んだ。
しかし、ヘレネが連れ去られた事により、人間界ではトロイア戦争が勃発してしまう。
「まさか……トロイア戦争の……」
絵梨衣はどう反応して良いのか判らず、ただナターシャの服を強く掴んだ。
「人間が私の行為をどう判断しようが、私は痛くも痒くもない。
だが、人を守護するアテナにとっては忌まわしい事件だ。
そして神々の汚点ゆえ、そのままには出来ない。二度と夢の事を思い出さないように記憶を封印してやろう。
キグナスの事も何もかも忘れさせてやる」
それは一方的な条件である。
「氷河さんを忘れるなんて、嫌です」
絵梨衣はようやっと、そう反論する。 そしてそれが精一杯だった。
するとエリスは不愉快そうに、絵梨衣の事を睨み付ける。
「依代。それは私にとって自分を支える大事な宝だ。私だけが覚えていれば良い。
他の誰にも教えるつもりは無いし、知って欲しいとも思わない」
「でも……、私は氷河さんを忘れたくない」
絵梨衣はエリスから目を逸らすと、自分を抱き抱えてくれている女性にしがみついて泣きはじめた。
彼女は絵梨衣を優しく見つめた後、エリスの方を向く。
「女神様、私からもお願いします。 氷河からこのお嬢さんを奪わないで下さい」
その言葉に絵梨衣は、女性の顔を慌てて見た。
「……まさか……」
絵梨衣の驚いた表情に、彼女はちょっと困ったような顔をする。
「何だ、気がついていなかったのか?」
エリスに至っては自分の依代の呑気さに、思わず呆れてしまった。