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エリスは本来居る筈のない女性の顔を見つめる。 「お前はこの娘に頼られているらしいが、いったい誰の依頼でここに来た」 すると女性は寂しげな顔になった。 「はい。タナトスと名乗る方から、このお嬢さんを呼び止めてくれと言われました」 途端にエリスは不機嫌な顔つきになる。 (兄上……。こういう時だけは勘が鋭いな。この女は、キグナスの母親に違いない) 息子は聖闘士だが、母親は一般人である。呼び出す為に、タナトスが力を使った事は容易に想像できた。 そしてここまで支援して貰う理由に彼女は気付く。 (……仕方ない……。冥闘士たちの方にも手を貸しておくか) 世話をする義理はもう無いと思ったが、兄からの依頼を無下には出来ない。 彼女は正直言って面倒だと考えている。 そして絵梨衣は自分を見たまま何も言わない女神から、視線を逸らせた。 心を見透かされそうな怖さを感じたからである。 「私はお前がレーテーの水の影響を受けているゆえに、その魂を引き止めに来た」 「レーテー……?」 聞いた事のない名前である。それ以上に何故自分がここにいるのかが判らない。 だが、それでは覚えている事は何かと言われても困る。 誰か男の人と話をしていた気はした。 「その水は忘却の水だ。 何を消すのか、何処まで消すのか予測がつかない。 最悪、魂まで消される恐れがある」 エリスはそう言って、絵梨衣の頭の上に手をかざす。 すると絵梨衣の身体から氷の粒が飛び出し、そして空中で一瞬輝いたかと思うと消えた。 「一応、これで忘却の水は消えた」 だが、絵梨衣はそう言われても自覚がない。本当かどうか思わず怪しむ。 エリスの方は元々、絵梨衣がどう思おうと気にしてはいない。 彼女は平然とした表情で、絵梨衣を見下ろす。 「ところで依代。お前を見つける為に、私は自分自身にまで術を掛けねばならなかった。 同化がかなり進んでいたようだが、もしかしてお前は結婚式の場面を見てはいないか? 花嫁が私を見て嬉しそうに笑い、参列者共が青ざめている光景だ」 ヨリシロという言葉の意味を朧げに理解しながら、絵梨衣はそれを認める事が出来ずにいた。 「あの……私は貴女の……」 その後の言葉がどうしても言えない。 しかし、エリスはあっさりと答えた。 「私が『競い』の女神のままで信仰する者がいれば、お前は私の神殿の巫女だ。 そしてアテナの聖闘士であるキグナスとは擦れ違うだけの間柄になっただろう」 分かりやすい返事に絵梨衣は、女神が目の前にいる事に素直に納得してしまった。 自分はこの女神との共感能力に長けていたのだと理解できたからである。 |