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複雑な色の混ざった混沌の世界にエリスは舞い降りる。 彼女はここで依代の少女を見つけなくてはならない。 自分の飲んだレーテーの水が、よりによって自分ではなく、肉体の所有者である少女の方に影響を与えている事に気がついたからである。 (依代がレーテーの水の影響を完全に受けたら取り返しが付かない) 自分がある程度の記憶を失うレベルで済むと思っていたら、事態はそれ以上に深刻だった。 しかし、彼女もこれ以上依代の肉体を使うわけにはいかなかった。 肉体を枷に行動を制限され続けては、自分の計画に差し障りが出るからだ。 (……本当に良く出来た試練だな……) 彼女は自嘲する。 依代を見捨てた所で彼女は誰にも咎められない。それが人と神の関わり方なのだから。 人間がいくら自分を攻撃しても、痛くも痒くもない。そして他の神々も自分を裁く事はない。 依代は神々の眷属ではない。 ただ、彼女を取り巻く環境をエリス自身が気に入っているだけである。 (では、私が出来る事をするか……) 彼女は自分の足元に魔方陣を出した。 |
絵梨衣はこんな状態でも、謎の女性が自分の傍にいる事だけは判っていた。 「お嬢さん、しっかりしなさい」 その声に絵梨衣は、何度も自分が空間に溶け込みそうになるのを止めて貰っている。 「……お母……さん?」 独りぼっちだった自分の記憶に残る母親の声とは違っていたが、何故か彼女はその声を聞くと母親を思い出した。 「目を開けなさい」 女性は絵梨衣を叱咤する。その声はどことなく泣いているように感じる。 (泣かな……い……で) そう言いたいが思うように身体を動かせないし、今自分の足は再び霧に溶け込もうとしている。 すると女性は悲鳴のような叫び声をあげた。 「お願い。目を開けて!」 誰だか判らない女性が自分の為に泣いて、自分を呼んでいる。 彼女を悲しませたくない一心で、絵梨衣はそこから逃げようと努力をした。 ほんの少しで良い、女性の顔を見て微笑みたい。 (泣かないで……お母さん……) その場から逃げようとして上に手を伸ばした時、誰かが絵梨衣の腕を掴んだ。 そして彼女を引き上げたのである。 重い瞼をゆっくりと開けると、そこには見知らぬ女性が泣きながら自分の事を見ていた。 彼女の金色の髪と青い瞳は大好きな男性と同じ。 「よかった……」 彼女は優しい笑みを浮かべて、絵梨衣の髪を撫でる。 絵梨衣は周囲を見回す。 「ここは……?」 凍った湖上のような大地に、自分と女性のみがいた。 彼女は自分の上半身を抱きかかえて、呼びかけてくれていたらしい。 しかし、大地からは冷たさは感じない。 『ここはまだ、異空間だ』 何処からか別の女性の声が聞こえたかと思うと、直ぐ近くの大地に光の円陣が現れた。 絵梨衣は何が起こるのか判らず、女性の服を不安げに掴む。 そしてその円陣の中から、自分に似た女性が姿を見せる。 「私の名はエリス。古において『競い』を、そして今は『争い』を司る女神だ。 こうやって話をするのは、初めてだな。依代」 絵梨衣は何の事か判らず、じっと女神と名乗る女性を見つめた。 |