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35. 希望 その2

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「これはお前がやったのか?」
彼の問いにジュネの顔が強張る。
「そうよ……。あいつに対して私は無力だった……」
「……」
「先生や兄弟子達が倒されていくのに、私は何もできなかった。ただ怯えて隠れていただけ」
彼女は今まで堪えていたものが抑えきれなくなり叫ぶ。
「私が強ければ……。そうすればもっと違っていたのに……。 弟弟子にも弱いことを見抜かれて、女神を守る戦いに参加出来なかった。 一番重要なときに私は何もしなかったの。なんでカメレオン座の聖衣は、こんな私に従うの!」
涙が溢れて止まらず、ジュネは両手で顔を覆う。
ヒュプノスは再びジュネの夢が見せる光景を再び見回した。
「敵がいるのならば、生きてその情報を仲間に伝える。これも戦いだ。一矢報いて滅びれば良いというものではない」
その言葉にジュネは驚き、ヒュプノスの顔をじっと見た。
「どうかしたか?」
その優しい口調に彼女は慌てる。
「……そんなセリフを聞くとは思わなかった」
「そうだろう。私も言うとは思わなかった」
「……」
「しかし、このままこの世界にいたところで、それはお前が勝手に自分への罰を選んでいるようなものだ」
ヒュプノスの指摘にジュネは俯く。 確かに今の世界は残酷ではあるが、これ以上な展開にはならない。
「それは……」
「ならば、このような世界を作り逃げ込んだお前に、眠りの神として罰を与えよう」
「えっ……」
ジュネは驚きを通り越して呆然としてしまう。 師匠から聞いた聖戦で冥王と共に多くの聖闘士達を葬った神。それが目の前にいるのだ。
「今から現実の世界で、お前の許を大勢の男たちが訪れるだろう。このとき一番最初に見た男が、お前の夫になる」
「な、なんで!」
「それはとても怖い男かもしれない。もしかすると逃げ出したくなるような性格の者かもしれない」
彼女は青ざめる。聖戦において聖域を苦しめた神が、自分に対して罰を与えようというのだ。それはとても非情なものなのだと予想が付く。
「だが、お前はその男から離れることは出来ない。それがお前への罰だ」
突然、ヒュプノスを中心に強い風が吹く。その中を芥子の花が舞う。
それを見ているうち、ジュネは意識が遠くなっていったのだった。

眠りの神は再び女神ヘカテの神殿へ戻る。 ジュネの顔には仮面が付いたままだった。
「ヒュプノス兄様。どうでしたか?」
「この女性は仮面を外してくれますか?」
アパテーとピロテースが興味津々に尋ねる。 ヒュプノスはしばらく考えた後、二柱の妹神たちに言った。
「タナトスを呼んできてくれ。上手くいけば、あいつに嫁が来る」
「本当ですか!」
「この方が了承してくださったのですか!」
彼女たちは嬉しそうに跳ね回った。
死の神タナトスの姉妹は女系神族ゆえか、 ただのお節介なのか、彼が独り身なのを気にしていた。当の神にとっては迷惑以外のなにものでも無いのだが……。
「待て。お前たちが喜んでいるとタナトスが警戒する」
兄神の言葉に彼女達は頷く。妹神の暴走に拍車をかけるのが、ヒュプノスの冷静な嫌がらせだった。
彼はタナトスの嫌がることだけは素早く察知するのだ。
「それにまだ了承まではいっていない。あいつにもチャンスがあるというだけだ。お前たちはタナトスに伝えたら、ヘーメラー姉上のところに居ろ」
「分かりました」
「タナトス兄上の見合いの邪魔はしません!」
不実の女神は確かに見合いの席には居ない方が良い。 そして友愛の女神の場合は、タナトスが見合いだと勘づいて逃げてしまう可能性がある。
彼女たちはそれをよく知っていたので、ヒュプノスの言葉に従うことにした。


妹神たちが部屋を出て言った後、ヒュプノスは手のひらの上に小さな袋を出現させた。
(神妃ヘラ様から以前頼まれたものだが、今のアンドロメダ座に渡しておこう)
ヒュプノスは妹神であるエリスのおかげで、カメレオン座の聖闘士がアンドロメダ座の聖闘士の姉弟子であることは分かっている。この男が適当にジュネ以外の誰かと恋仲になって指輪を贈ってくれれば、彼女の事に関わる気は起こらないだろう。
(障害を多くしておけば、あの女聖闘士も諦めがつくはず)
あとは事態が動くのを待つのみ。
しかしヒュプノスには、これだけお膳立てしてもタナトスの見合いは失敗しそうに思えて仕方がなかった。

終わり

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