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続・神託 5

朝日が昇ると、遺跡に描かれていた呪術の紋様はますます見えにくくなる。
しかし、絵梨衣はこの紋様が二度と現れないような気がした。
「あの時も、こんな感じだった」
氷河は夜の世界から脱出したときの事を、彼女に説明した。


絵梨衣とエスメラルダを夜の世界から外へと出した後、氷河もまたそれに続いた。
しかし、少女たちは精神体だが、自分は生身の人間である。
何処へ出されるかと、彼は考えてしまった。
そして辿り着いた先が、この遺跡だったのである。
そこには一人の女性が立っていた。
星矢の姉に似ていたので思わず話しかけたが、相手から違うと言われる。
彼女は母親と待ち合わせていると言うのだ。
神聖衣をまとう自分を怖がったりしてはいないので、聖域の関係者なのだろうかと氷河は思った。
女性は、この遺跡が今だったら夜限定で、とても不可思議な現象を起こしてくれると楽しそうに説明をする。
この時の氷河は、言葉の意味がよく分からずにいた。
しばらくして、遺跡に女性の母親が現れる。
氷河がなにより驚いたのは、その母親が天秤座の黄金聖衣を優美にしたような武具を身に纏い、腰には剣を携えていた事である。
彼女らは氷河に会釈をすると、森の奥へと消えていったのだった。

「不思議な話ね」
絵梨衣は氷河の話を聞きながら、母子が向かった方の森を見る。
そこへ春麗と散歩にやって来た童虎が、遺跡へとやって来た。
春麗は五老峰とは雰囲気の違う森の様子を楽しんでいる。
氷河は、あの親子を童虎が知っているのだろうかと、なんとなく尋ねてみたい気がしたのだった。


美穂は夜中に屋敷に到着したというシオンと共に、朝の海岸を歩いていた。
海はとても穏やかで、波の音が心地よい。

(あの時と同じ光景だ……)
服装や場所など細かいところは違っているが、彼は聖戦直後に出会った少女を思い出す。
相手に当時の記憶はもちろん無いが、彼は再会できただけでも嬉しかった。
「そう言えば、美穂に名前を覚えていてくれたら、記念に何かを送ると約束したな。
日本へ帰るのが急すぎて、これしか用意できなかった」
シオンが取り出したのは、ギリシャにてバスカニアと呼ばれるお守り。
それは青い目玉をモチーフにしたガラス細工で、人の恨みなどから身を守ってくれると言われている。
彼が用意したのはブローチタイプの物であった。
美しい細工が施されており、美穂にはとても高価なものに思えて仕方がない。
「こんなにも素敵なものを、私が受け取って良いのですか?」
彼女は困惑しながら、シオンに尋ねる。
すると彼は嬉しそうに頷いた。
「私が作ったのだ。遠慮はするな」
材質と取り扱い方と作り方まで説明されて、美穂は驚きながらも熱心に彼の話を聞いたのだった。

しばらくしてシオンは何かに気が付いたらしく、美穂にある場所を指さす。
「無粋な奴がこちらに来たな」
その人物とは星矢だった。
「美穂。私は屋敷に戻る。
あとでペガサスと一緒に来なさい」
シオンはそのまま屋敷へと戻ってしまった。

星矢は夢の光景を思い出す。
あの時も彼女は海辺にいた。
「おはよう。星矢ちゃん」
彼女は自分を見て驚いていた。
それはそうかもしれないと、星矢は思った。
「おはよう。美穂ちゃん。
聖域に忘れ物をしたから、届けに来たよ」
彼は袋ごとショールを渡す。
「えっ、本当! ありがとう。
鞄に入れたと思ったけど、全然気が付かなかった」
美穂は懐かしそうに、ショールに触った。
「あのさぁ、美穂ちゃん」
「何?」
「俺、日本へ戻った時に美穂ちゃんに逢えて良かったって思った」
「……」
「もし今度、日本へ帰ったときに美穂ちゃんが居なかったり会ってくれなかったら嫌だ。
絶対に探して、見つける。良いだろ!」
いきなりメチャメチャな理屈だと美穂は思ったが、遊びでどんな所に隠れても星矢はいつも自分を一番最初に見つけ出すのだ。
美穂は何だか可笑しくなってしまう。
「星矢ちゃんは強引すぎる……」
上目遣いに睨まれて、彼はいきなり自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
(うわっ。可愛い!)
そう思ってしまうと、今度はもう少し近づきたくなってしまう。
(夢だとここで終わったんだよなぁ)
でも、美穂との会話は夢の中とは少しづつ違うのだ。
星矢は思い切って行動を起こす。

そして美穂もまた、今度は逃げなかった。