海底神殿の中庭に彼女は舞い降りる。
既に神殿の主が先に来て、エリスの事を待っていた。
「ご苦労なことだな……」
「労いなど海皇に言われたくはない」
しかし、彼女はとても機嫌が良かった。
「シードラゴンは結局、海側に戻った。
聖域に引き渡した方が安全ではなかったのか?」
争いの女神は中庭に差し込む光を見上げる。
ポセイドンはエリスの問いに薄く笑った。
「あれは私に従わない。
だが、私の望みを叶える者だ。
シードラゴンは常に“あの子”の味方だからな」
だからこそ他の海将軍達とは違い、シードラゴンの海将軍だけはポセイドンが隠れようとも容易く見つけだす。 もともと海皇にとっては完全な味方ではないのだ。
それは、いずれ起こりうるであろう海世界の分裂を意味していた。
「この時、聖域がどちらの味方をするのか。
私は非常に興味がある」
「海を統べる者にしては、良い趣味とは言えないが……。
海皇が見たいのは聖域の動向ではないだろう」
元凶である天上界がどう動くのか。
しかし、海皇もエリスも、そこまでは口にしなかった。
「そう言えば、テミス様が久しぶりに娘と一緒に母上の許へ姿を見せた」
「そうか」
ポセイドンは興味が無さそうだったが、エリスは勝手に話を続ける。
「あそこの娘たちはテミス様によく似ているが、ホーライのエウノミアー とエイレーネはほとんど見分けがつかない。
全員が揃っていれば、分かったかもしれないな」
「話をすれば良かろう」
「そんな事をしては、来なかった他の女神の行方を聞く羽目になる」
謎は謎のままに……。
エリスもまた楽しそうに笑った。
「では、海妃アムピトリーテによろしく言ってくれ」
「会わずに戻るのか?」
「待っていたら、惚気を聞かされる。
これでも私は忙しいのだ」
エリスは光に溶け込むと、海底神殿の中庭から姿を消す。
海皇もまた形を取る事を止めた。
彼の意識が海に溶け込む。
そしてその場所には、テティスが聖域から持ち帰った首飾りが美しく輝いていたのだった。
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