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続・神託 1

夕暮れになり、一人で別行動をしていた氷河が屋敷に戻ってきた。
彼は絵梨衣を外へ連れて行くと、童虎に言う。
「許可ではなく報告とは、その場所はいったい何処なんじゃ?
恋人同士の語らいを邪魔するほど野暮ではないが、そこでなくては駄目なのか?」
すると氷河は、何気ない様子で答えた。
「ここから少し離れたところに、俺が夜の世界から戻ってきた時に出口となった遺跡がある。
いま、見に行ったらデスクィーン島で見たような呪術の紋様があった。
絵梨衣にそれを見せたい」
この時、その場に居た全員が意外な内容に言葉を失ってしまったのだった。

氷河の言う遺跡は、確かに屋敷から少し離れていた。
屋敷の主人の説明から言えば、裏の斜面の階段を下りて少し歩けば到着だという。
遺跡を劇場舞台に見立てて素人劇をやりたいが為に、最初の所有者がここに屋敷を作ったという事だった。
「これは……」
エウリュディケーは遺跡と、そこに浮かぶ紋様を見て圧倒されていた。
ただ、紋様の放つ光はあまり強くない。
どんな効果を持つ紋様なのかが分からないので、誰も入ろうとはしなかった。
そんな彼らの思惑とは別に、美穂とジュリアンは床に蓄光塗料が塗られていると思っているような会話をしている。
イオはそれを聞きながら、どんなときでも常識的な判断をする二人が逆に奇妙に思えた。
(この二人には、不思議というものは無いのか?)
むしろ、わざと不可解なものに近付かないようにしているのでは?
そんな考えが、彼の脳裏を過ったのだった。

夜の闇は、静かに遺跡周辺を覆い始める。
さすがに危険を感じて、童虎は少女たちに戻るよう促す。
この時、暗闇の中から女性が静かに現れた。
美穂は誰だろうという表情をし、イオは何となく不穏な空気を感じた。
ジュリアンは何かを思い出しかける。
そして他の者たちは、彼女が誰なのか瞬時に理解したのだった。


聖域では素晴らしい星空が広がろうとしている。
オルフェは人気の無い場所で、竪琴の弦を弾いたり短い曲を奏でていた。
そこへダイダロスがやって来る。
「落ち着かないのか?」
そう尋ねられて、オルフェの指が止まる。
「……」
「今やユリティースは女神ヘカテの側近という立場だ。
いくら女神がお前たちの仲を知っていても、女神ヘカテの許可なく彼女に白銀聖闘士を近づけさせるわけにはいかない。
それくらいは理解できるだろう」
太古の女神の側近ともなれば、聖域でまともに会話が許されるのは教皇だけである。
緊急時の今回ですら、女神アテナが選んだ護衛役は黄金聖闘士と海将軍、そして神聖衣を得ているキグナスの聖闘士だった。
これは、女神ヘカテへの心証を損なわないために選ばれたメンバーなのである。
オルフェは曲を奏でながら、呟くように答えた。
「それは判っている」
彼らの頭上では、星が一つ流れた。
竪琴の音色だけが響く、静かな夜が始まろうとしていた。