INDEX
   

神託 7

彼らはローテーションを組んで、少女たちに気付かれないように屋敷の周辺を見張る。
範囲は広大ではあったが、神の闘士である彼らには何でもない事だった。
そしてカノンが周辺を見回っていたとき、いままで静かだった森が騒めいた。
(誰か居るのか!)
しかし、敵意というものは感じられない。
むしろ彼には身に覚えのある気配だった。

結局、カノンは身に覚えのある気配の人物達を屋敷へと連れて帰った。
何しろこのまま帰れとも言いにくい状況だったからである。
「サガ。何があったんじゃ」
童虎は双子座の黄金聖闘士がやって来たことに驚いたが、一緒にいるエスメラルダを春麗が嬉しそうに出迎えた。
エスメラルダは万事控えめな様子だったが、春麗が老師とサガに断りを入れて奥へと連れて行く。
少女たちの嬉しそうな声は、その場の雰囲気を明るくさせた。
その様子に彼は、春麗と絵梨衣がエスメラルダに挨拶をしていなかった事を思い出す。
「わざわざ連れてきたのか?」
「はい」
「ならば幼馴染みであるフェニックスが連れてくると思ったが?」
「彼はシャカがいきなりやって来て、仏縁がどうこうと言って連れていきました」
そう答えながら、サガは何か困惑している風だった。
「どうしたんじゃ?」
「その、自分にエスメラルダの兄役が勤まるのかと……」
「弱気じゃなぁ」
「相手がカノンなら殴って矯正を試みることが出来るのですが、彼女の場合は怖がられないようにしないとなりません」
どんな兄弟仲なのかと、童虎は苦笑いをしてしまった。
しかし、カノンの表情は引きつっている。
同じように見回りをしていたイオが屋敷に戻ったのは、そんなタイミングの悪いときであった。

不穏な怒鳴り声は二階の部屋まで響く。
「大丈夫ですよ。きっと……」
と、絵梨衣が席を立とうとしたエスメラルダを引き止めたのだった。


用意された部屋で、エウリュディケーは女神ヘカテの杖を持って精神を集中する。
しかし、杖からは何の力も感じず、自分の中に力が沸き起こるという感覚も無かった。
女神アテナに頼んで、夢見の能力者ではなかろうかという青年に会わせてもらったが、青年は偶然だと言って取り合わない。
そこまで断言されてしまうと、もしかして夢見の能力者は彼ではないのかもしれないと思う事もある。
そうなると彼に尋ねても仕方がない。
エウリュディケーは女神ヘカテに杖を返す方法が見つからず、深い溜息をついたのだった。


星矢はあの時の事を思い返すと、自分自身に腹が立って仕方がない。

女神ヘカテの神殿跡にて沙織と共に森から出てきた美穂の姿は、帰路が穏やかな道ではなかった事を十分に物語っている。
髪は乱れ服も汚れている。
その様子に星矢は、驚きと怒りで顔が強張ってしまった。
しかし、美穂の第一声は、
「途中で転んじゃった」
というもの。
(そんなわけないだろう!)
そう言いたかったが、感情が高ぶりすぎて声が出ない。
何よりも彼女が自分に嘘をついている。
それが悲しくて悔しかった。

周囲の状況が落ち着きを取り戻し始めたので、ようやっと星矢は自分で訓練生時代から魔鈴と暮らしていた家に星華を案内する。
師匠である魔鈴は用事があると言って、彼に姉をここに泊めて積る話でもすれば良いと言ってくれたのだ。
しかし、星矢は挨拶もそこそこに日本へ帰ってしまった美穂の様子が気になっていた。

「近いうちに日本へ帰るから!」
星矢はいつものように勢いのある口調で言った。
すると美穂は笑顔を見せて。
「うん。分かった。 みんなにも伝えておくね」
と、言った。 そして彼女は振り返る事なく聖域を離れる。
だが、星矢には美穂の表情が、あまり嬉しそうにみえないのが気になった。

「なぁ、姉さん」
「何?」
「俺、美穂ちゃんに何かしたのかなぁ」
星華は打ちひしがれている弟を見て、何だか可笑しくなってしまった。
星の子学園にいたとき、同じようにしょんぼりとしながら自分に相談する星矢を思い出したからである。
あの時の原因は何だったのだろうかと、彼女は思った。
「星矢は、本当に小さい頃から変わっていないのね」
「何だよ。それ」
「なんだか安心したって言うことよ」
「……」
姉にからかわれたと思い、星矢は頬を膨らませながらテーブルの上に突っ伏したのだった。