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神託 6

老婦人が行方不明になっていることが発覚した後、神官や女官達の暴走は潮が引くように素早く収まる。
カミュは絵梨衣や美穂を日本へ帰す準備が整った事に、ひとまず安心をした。
とにかく彼らに悪意が無くとも、一般の少女を聖域に閉じこめ続ければ聖域に仇をなす者達は彼女たちに利用価値を見いだしてしまう。
絵梨衣に対して害を成そうとした者はアフロディーテが倒してくれたが、その正体は分からなかったらしい。
(長い戦いにならなければ良いが……)
少女たちは時間をずらして聖域を出発するという。
わざわざ見送る必要はないのだが、彼の足は宝瓶宮の階段を下りていた。
そして人馬宮に入ろうとしたとき、そこにはアイオロスがいた。

「カミュ。 見送りに行くのか?」
彼はにこやかに笑っていたが、カミュの方はアイオロスが居ることに驚いていた。
「アイオリアに説教をしていると思ったが……」
「まぁ、それはそれとして、カミュの弟子に夢見の資質を持つものがいると聞いたが本当か?」
「……」
好奇心で尋ねられているようには思えない問いであった。
だが、彼の返事は決まっている。
「今まで夢見の資質は現れていない。
今回だけだろう」
その口調は断言に近かった。
カミュ自身、ブルーグラードの姫君をこれ以上巻き込むつもりはない。
「そうか、それを聞いて安心した。 それなら彼も大丈夫だろう」
「どうかしたのか?」
彼は何となく嫌な予感がした。
「アイザックは海底神殿へ戻ったはずだが……」
「何か聞きたいことがあるということで、もう一度彼をこちらに呼ぶそうだ。
向こうで何事も無ければ、彼はすぐに開放される。
カミュも変な動きはしない方が良い」
アイオロスの忠告に、彼はどう返事をしようか一瞬迷ってしまった。


聖域で用意した宿泊所は、森と海辺が近い古ぼけた屋敷だった。
所有者の男性は老人の域に近付いてはいたが、とても豪快な印象を受ける。
彼は客人たちを部屋に案内をした後、護衛に就いている闘士たちに周辺の地理と襲撃を受けたときの少女たちの避難経路を説明した。
その慣れた口ぶりから察するに、男性は聖域にてかなりの荒仕事をやっていたのではと闘士たちは思った。

「ところでクラーケンはどうしている?」
護衛の一人として参加しているカノンは、ジュリアンの護衛をやっているイオに尋ねる。
「大丈夫じゃないかな……」
そう言ってスキュラの海将軍は苦笑いをした。
アイザックは沙織とエウリュディケーの護衛に就いているのだ。
だが、実際はアイザックの持っているであろう夢見の資質を彼女たちが少なからず期待しており、彼と会話をさせてほしいという願いをカノンが聞き入れたのである。
道中、どのような会話がなされたのかは分からないが、屋敷に着いた時のアイザックの様子から見ると後で文句を言われることだけは推測がつく。
「でも、クラーケンの一番の悲劇は、羨ましがられるだけで同情して貰えないことだろうな」
イオは笑って冗談を言ったが、カノンは笑えなかった。
これに関しては、自分も後で他の闘士たちから文句がくるのは、半分決定事項のような気がしたからである。