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神託 4

強制的に少女たちを聖域の外へ移動させる。
それに安全性が加わると、すぐにというわけには行かない。
しかし、老婦人が行方不明だという情報が伝わると、今度は神官も女官たちも素早く団結をした。
昼頃には美穂たちを外へ連れて行くことが出来るようにまで準備が調えられたのだった。

シオンは彼から渡された書類に目を通して驚きの声をあげる。
「童虎。お前はいったいどんな呪術を使ったんだ?」
神官たちと話をしてくるといった天秤座の黄金聖闘士は、戻ってきたときには計画書を携えていた。
そこには聖域からの脱出ルートと宿泊施設までが書かれている。
「そんなもの使ってはおらん。
ただ、昔話をしたまでじゃ」
「昔話?」
「遥か昔の話じゃ。
この聖域にやってきた女神の一柱が傷つけられるという事件があって、その時代の屈強な聖闘士ですら防ぐことが出来なかった。
だから、どんなに人間が頑張っても聖域では敵から少女たちを守るのは難しい。
現に"あの方"が行方不明になっておる。
ワシらは少女たちが安心して生きて行ける世界を守るために存在するのだ。
彼女たちをここに閉じ込めるのは、聖域に関わる者のする事ではないと言ったら判ってくれたよ」
「……」
「そう言うことで女神と春麗も外へ出すから、ワシが保護役として同行する。
了承しておいてくれ」
計画書にも、既に童虎の名が組み込まれている。
シオンとしては異を唱えて時間を浪費したくはないので、
「わかった」
と答えた。
彼はしばらく書類を見直した後、再び友人に問う。
「童虎……」
「なんじゃ」
「聖域にやってきた女神の一柱が傷つけられるという事件というのは、誰から聞いたのだ?」
童虎は友人の疑問に小さく笑った。
亡霊聖闘士となってまで聖域のために動いてくれた者たちの事は、簡単に説明出来るものではない。
「この間、古い知り合いが聖域に来てくれたんじゃよ。
この人物の説明すると長くなるから、また今度のときにでも酒でも酌み交わしながら説明をしてやろう」
「分かった」
「お前、確かジャミールの館に秘蔵酒を隠していたな」
「……その場所をお前の弟子に壊されたと、ムウが言っていたぞ」
シオンの睨み付けるような眼差しに、童虎は返事が出来なくなってしまった。
そこへ紫龍が童虎を呼びに来る。
彼らの間に流れる緊張に、紫龍は何か重苦しい雰囲気を感じ取ったのだった。


「状況が突然変化するというのは、珍しいことではないですよ。
実は世界中を旅していますと、色々と危険なこともあったりします。
以前もクーデター直前の事態に巻き込まれそうになったことがありました。
こちらで何があったのかは分かりませんが、そう言うときは深く追求する事なく部外者として外へ出た方が良いこともあります。
無理矢理知って、自分から身に過ぎた災難を被ることはありません」
穏やかに喋るジュリアンの説明に、美穂は驚きながらも何となく納得した。
ソレントもまた、ジュリアンの言葉を補足するように幾つかの旅の話をする。
(あの夢は、これの予兆だったのかな?)
夢の中で自分はここから離れないとならないと思っていたが、実際は聖域の人々が全部準備をしてくれた。
少なくともシオンもまた何も言わないところを見ると、自分が知る必要のない出来事があったのかもしれない。
ただ、美穂にとって女官の最後の台詞だけは、思い出すたび心が騒めいてしまう。
そこへ絵梨衣と氷河が部屋に入って来たのである。

「絵梨衣ちゃん!」
美穂は彼女に駆け寄ると、力一杯抱きしめた。
「美穂。ありがとうね。
迎えに来てくれて、本当にありがとう」
二人は感激の再会に涙を零す。
「絵梨衣ちゃん。体調は大丈夫なの?」
「もう大丈夫よ。 早く学園に戻って、みんなを安心させましょう」
絵梨衣の言葉に美穂は大きく頷いたのだった。


一方、星矢は姉が日本へは行かないという言葉に言葉を失ってしまった。
「星矢。誤解はしないで。
今は戻らないと言っただけよ。
おじいさんを一人置いて日本へは行けない。
もう少しだけ時間をちょうだい」
そう言って星華は、お弁当の入った籠を星矢に持たせる。
「もう少しって、どれくらい!」
「……」
「また、居なくなったりしないよな!」
この言葉に星華は首を傾げた。
「居なくなるって……。
ロドリオ村に来てくれれば、何時でも会えるわよ?」
星華としてはそれ以上答えようがない。
しかし、星矢は何故か納得できないといった表情を見せる。
「絶対だぞ」
彼女がそれ以上何も言わないので、星矢は先に歩きだした。
(美穂ちゃん。ガッカリするだろうな……)
悲しげな表情を見せる幼馴染みの様子を想像して、星矢は胸が痛んだ。
「美穂ちゃんは判ってくれると思うわ」
いきなり姉に心を読を読まれて、星矢は思わず目を丸くしながら彼女の方を振り返ったのだった。