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神託 3

もう、私の役目は終わった。
早く離れないと……。


美穂は自分の発言にビックリして、目を覚ました。
(あれっ?)
彼女は自分のいる部屋を見回す。
見知らぬ部屋。
どうしてここに自分がいるのかが分からない。
そこへ一人の女性が部屋に入ってきた。

「あっ……。 ここは何処ですか?」
すると女性は美穂がここにいる理由を説明してくれた。
どうやら、宴から戻る途中で睡魔に襲われたのか、熟睡してしまったというのだ。
その為、教皇に背負われて聖域に戻ってきたという事だった。
(……恥ずかしいなぁ)
最後までやり遂げようと思っていたのに、最後の最後で迷惑をかけてしまった。
これでは星矢にとっては迷惑な幼馴染み以外の何者でも無いだろう。
(これ以上ボロが出る前に日本へ帰ろう)
美穂は自分の手荷物に視線を移した。
女性もまた美穂の手荷物を見る。

「美穂さまがこちらで何不自由ないよう仰せつかっております。
すぐに良い家を用意しますから、しばらくお待ちください。
それから、ここから出ては危険です」

女性の言葉に、美穂は自分の耳を疑ってしまった。


同じ頃、聖域で働く神官や女官たちが暴走しているという情報が、沙織やシオンの耳に入ってきた。
「美穂さんや絵梨衣さんを聖域に住まわせるなど、誰が言い出したのですか」
そんな事が本人たちに知られれば、どう見ても上層部の命令だと思われてしまうだろう。
シオンもまた表情が固くなってしまう

「申し訳ありません。 それが話の出所がハッキリしないのです」
報告をしに来たダイダロスは頭を下げるしかない。
昨夜は女神ニュクスの子らがやって来た気配があるのだ。
その中の誰かが美穂や絵梨衣を女神の助けになる存在だと言えば、暗黒時代の長かった聖域の神官や女官たちは簡単に騙されるだろう。
大勢の人間が一斉に動いたので、殆ど美穂たちの永住は確定扱いになっていたのだった。
その様子を見ていたエウリュディケーは、沙織に対して控えめに声をかけた。
「女神アテナ。
差し出がましい事を申し上げますが、その方たちを早急にここから出した方が宜しいかと思います」
彼女の言葉に沙織は頷く。
「そうですね。
明日までに美穂さんたちを日本へ帰せる様にしましょう」
しかし、エウリュディケーは首を横に振る。
「明日では遅いです。 すぐにでも聖域から引き離さないと、彼女たちは人々の放つ言霊に縛られます」
この時、部屋の外が騒がしくなる。
やって来たのは、いったんテティスと共に海に戻っていたカノンだった。
その後ろにはカミュも立っている。
「女神アテナ。
女神の宴に参加した者を聖域が軟禁しようとしているという話が、海闘士たちの方に伝わっている。
いったい何があったんだ」
説明するのも馬鹿らしいくらい事実無根ではあるが、ジュリアンとソレントが聖域に居るので海側の警戒はもっともである。
しかも、最悪なことに神官たちの暴走はその噂を本物にしかねない。
「早急に美穂さんたちを無事に日本へ送り届けなさい。最優先です。
途中で邪魔が入って、オデッセウスの時のように二十年もかけさせてはなりません」
海にまでロクでもない情報が届いているということは、それを煽動する存在がいるということである。
沙織の命令にダイダロスは頭を下げると、部屋から出て行った。
エウリュディケーはその後ろ姿を複雑な表情を見つめたのだった。


そして聖域の一角では、不可思議な事件が発生した。
半分、荷物持ちのような格好で星華と共に老婦人の家を訪れたオルフェは、そこでとんでもない物を見てしまう。
老婦人が眠っているはずの部屋には、使われた形跡のないベッドが残されていたのである。
その直後に女官の一人が家にやって来た。
彼女もまた、老婦人が居ないことに首を傾げる。
ギックリ腰の老婦人が自発的に外へ出れるはずが無い。
彼の脳裏に誘拐という言葉が過る。
(巫女としての情報に詳しいのは、あの方だけだ)
オルフェはユリティースのことで彼女に尋ねたいことがあった。
とにかく本人を見つけないとならない。
「人を呼んできます。 二人とも不用意に外へは出ないように」
彼が外へ出ようとした時、三人の人物がやって来たことに気がついた。
「オルフェさん!」
ソレントとジュリアン、イオが老婦人の見舞いに来たのである。
「あの方の容体はどうですか?」
ソレントに尋ねられて、オルフェは一瞬戸惑った。
目の前の青年を外からの客と思うか、セイレーンの海将軍と考えるべきか。
しかし、彼は老婦人の見舞いだというソレントの言葉を信用することにした。
「それが、家に居ないのです」
今度は三人の青年が驚く番だった。