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神託 1

その者は、柔らかな花の香りに気がついた。
だが残念な事に、その香りには自らの流す血の臭いが混じっていた。

(こちらに情報を一言も漏らさないとは、さすがだな)
アフロディーテは侵入者に近付く。
その者は既に荒れた大地の上で事切れていた。
実力から言えば黄金聖闘士の敵ではない。
ただ、相手の正体を探ることが出来なかったのは少々悔やまれた。
そんな事を考えているうち、彼はなんだか自分の行動が滑稽に思えてくる。
(よもや私が女神エリスの依代を守ることになろうとは……)
トロイアを滅ぼす原因を作った女神に関わるものを守るなど思いもしなかった。
(カミュも嫌な事を頼んでくれたものだ)
向こうは自分について、何か勘づいているのかもしれない。
疑えばきりはないが、こちらから問うて藪蛇になるのもつまらない。
そこへ同じ黄金聖闘士である同胞が現れる。

「早く戻らないと、疑われるぞ」
失礼極まりない事をいう人物は、蟹座のデスマスクだった。
「失敬な事を言うな。勝負は既に付いている」
実力を疑われたと思い、魚座の黄金聖闘士は険しい表情になる。
しかし相手はお構いなしに聖域の方を向いた。
「それなら早く聖域に戻れ。
ここでお前に過去の亡霊として消えられると、こっちが面倒を抱える羽目になる」
「……」
「それに、このままだとアンドロメダが良いとこ取りだ」
彼の見当違いの心配に、アフロディーテは何の関係があるのかと怒鳴りそうになった。
しかし、それはあまりにも大人げないので、理性で手に持っている白バラを投げるのだけは止める。
そのバラが朝の光で美しく輝く。
朝日が昇り始めたのである。
「夜明けか……」
アフロディーテは思わず呟く。
「この光は少々眩しすぎる」
するとデスマスクは薄く笑った。
「直視したら潰れるぞ」
彼は哀れなる罪人に目をくれることなく聖域へと戻る。
「……そうだな」
アフロディーテもまた己の守るべき場所に向かって歩き出したのだった。


暗い夜の花畑で彼女は一人泣いている。
エスメラルダは少し離れたところから少女を見ていた。
(どうしたのかな……?)
何か関わってはいけないような気がして、エスメラルダはその場にしゃがんで花を見ることにした。
ところが再び顔を上げると、少女が目の前にいるのだ。
エスメラルダは声が出せないくらい驚いた。
『貴女もここで待ちましょう』
少女がエスメラルダの手を握る。
だが、彼女は首を横に振った。
「あの……、私は逢いたい人がいるので、もうすぐ出掛けます」
『だから、その人が来るまで待ちましょう』
「いいえ。私の方が今まで待たせたので、今度は私が会いに行きます」
無駄に力説してしまった自分に恥ずかしくなり、エスメラルダは顔を赤くした。
少女はそんな彼女をじっと見た後、
『でも、クリュタイムネストラーは会ってくれるでしょうか?』
と小さく呟く。
誰の事なのか分からず、エスメラルダは黙り込んでしまう。
この時、急に周辺が明るくなった。
少女の姿は光に溶け込む。


あまりの眩しさに目を瞑ったエスメラルダが再び目を開けると、そこには心配そうに自分の顔を見る人物がいた。
「エスメラルダ……?」
その人を彼女はよく知っている。
「一輝?」
彼の名を呼ぶ。
すると相手は大きく息を吐いて、彼女の華奢な手を優しく握りしめたのだった。