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続々・秘計 1

暗く何もない空間。
そんな場所に小さな明かり一つだけあった。
そのオレンジ色の光は、大きくなったり小さくなったりを繰り返す。
しかし、決して消えたりはしなかった。

「おい、サガ。
お前、この子の保護者をやれ」
カノンの言葉にサガは一瞬返事に窮した。
エスメラルダもまた彼の言葉に驚く。
「そんなご迷惑はかけられません」
しかし、彼は勝手に独り決めをしていた。
「フェニックスから少し聞いたが、エスメラルダには帰る家がない。
そしてあの男は妹に対して罪悪感を持ち続けている。
この際、サガはエスメラルダを妹として、擬似的に女神ネメシスの子供たちをやれ」
「なんだと……」
実弟の提案にサガは言葉を失ってしまう。
「女神ネメシスも王妃レダも、それを望んでいる。
だからケールたちは素直に出口を教えてくれたんだ。
今度は失敗するな。
もし聖域が神話の時代と同じ事を繰り返した場合は、もう誰にも夜の世界の神々を止めることは出来まい」
確かにエスメラルダはヘレネの依代役をやってくれた少女なのだ。
それ以上に、サガもこの少女を放り出すような真似はやりたくはない。
「しかし、彼女を聖域に連れていくのは……」
「お前に拒否権は無い」
カノンは強引だった。

双子の青年達の会話に、エスメラルダもまた困惑した。
いままで奴隷として暮らしていたので、自分の意志を上手く表現出来ない。
カノンはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、畳みかけるように説得に入ったのである。
「エスメラルダ。こいつは見たとおりに俺の兄だ。
性格には難があるが、お前に危害を加えるようなタイプの人間ではない。
それは俺が保証する。
勝手に話を進めるが、状況が落ち着くまでサガの妹分として聖域で過ごしてくれ。
詳しいことは追々話すが……」
そこでカノンは話を中断せざるを得なくなった。
あともう少しというところで、出口が大きく揺らめき大きさを変えるという不安定さを見せたのである。
正直言って呪術に詳しくない者でも、この穴を通って少女たちを外へ連れ出すのには躊躇う。
その時、ケールたちが黒い翼を羽ばたかせて、彼らの許へとやって来た。

彼女たちは口々に、空間の不安定さを彼らに訴える。
夜明けという、ただでさえ夜と昼の空間が不安定なときに、何処かで大きな呪術が発動された。
彼女たちの為に用意した出口が、その呪術の威力に制御不可能な状態になっている。
このままでは出口の為に使っている呪術の力が、少女たちを傷つける恐れが出てきた。
ケール達は彼女たちなりの表現でそう説明したのである。
「だが、このままだと絵梨衣もエスメラルダさんも、夜の世界に囚われる事になる!」
氷河は出口に近付いたが、そこは火花が激しく飛び散って何者の侵入をも寄せつけない状態になっていた。
神聖衣をまとう氷河ですら、火花と共にもたらされる衝撃に前へ進むことが出来ない。
「それなら我々が元凶を壊しに行く」
サガの言葉にカノンも頷いた。
もしも自分たちに女神エリスの言ったディオスクーロイとしての資質があるのなら、呪術に対抗できる筈である。
「キグナスは二人のことを守ってくれ」
そう言って二人は不安定に歪む光の空間へと飛び込む。

「あっ……」
エスメラルダが二人の方へ手を伸ばそうとして、氷河に引き止められた。
「今は信じて待とう」
だが、氷河にも彼女たちを外へ連れ出せる時間がどれほど残っているのか分からない。
傍に舞い降りたケール達も、もうすぐ夜が明けるとしか表現できずにいた。