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秘計 5

いつ戻ってくるのか分からない人々を、女神ヘカテの神殿で待つ。
それは苦行よりも厳しく、聖闘士たちは負の意識がもたらす重圧に耐えていた。

そんな中、呪術の紋様を見張る組み合わせが微妙なものだと、さらに苦行は過酷さを増す。
この時、神殿内にいたのは星矢と邪武だった。
紋様には何の変化も見られなかった。
「なぁ、邪武……」
「……」
「美穂ちゃん、怒っているかなぁ」
邪武としては返事のしようがない質問である。
「そんなの知るか」
彼はぞんざいに言い棄てた。
しばらく会話が途切れた後、再び星矢が話しかける。
「……なぁ、邪武」
「何だよ」
「女の子って幼馴染みよりも、さっそうと現れた奴の方がいいのかなぁ」
邪武は急にジュリアン=ソロを思い出してしまった。
どう考えても自分では勝負にはならない。
星矢に質問されているはずなのに、邪武のほうが落ち込んでしまった。
「お前……、よりにもよって嫌な事を聞くな!」
腹立たしくなった彼が怒鳴った瞬間、外では雷の音が轟いたのだった。


その天気の変化は、あまりにも急だった。
確かに曇り空だったが、雨雲の気配はなかったのである。
だが、急に風が吹き近くで稲妻が走った瞬間、女神ヘカテの神殿付近は土砂降りの雨となった。
当然、焚き火は数秒後には水浸しになり炎は消えてしまう。

「なんだ。この天気は!」
外に居た聖闘士たちは神殿の方へと移動する。
「凶事の前触れでなければ良いが……」
童虎の呟きにシオンは再び空を見上げた。
光の無い場所に降る雨は、神殿の屋根に当たる音から見当をつけても激しい方だった。
神殿の奥から水の滴る音が聞こえてくる。
その音に混じって、誰かが奥へと移動している気配があった。
しかし、奥へ行った聖闘士は居ない。
「侵入者だ!」
シオンの言葉と同時に紫龍が奥へと駆け出す。
しかし、シオンと童虎はその場に居続けた。
空では再び稲妻が走る。
その光は神殿の外に大勢の人影を浮かび上がらせたのだった。

「星矢。邪武」
紫龍は勢いよく奥の部屋へと駆け込む。
そんな彼の様子に二人の仲間は驚いた。
「紫龍。どうしたんだ」
床に座っていた星矢が立ち上がる。
邪武はランプを持つと、その明かりで周囲を見回した。
「何者かが神殿内に侵入した」
彼がそう答えた瞬間、灯りが急に消える。
そして部屋には誰だか分からない人物の気配があった。

「美穂の幼馴染みは大したことがないな」

不意に聞こえてきたのは、若い男性の声。
星矢は相手が美穂を護衛していたという人物なのだと気がついた。
「きさま!」
侵入者を捕らえようと星矢は駆け出した。
だが、暗闇のなかでも相手の動きは機敏だった。

「女神アテナには三百年くらい異世界を彷徨って貰うだけだ」

その直後、暗闇の中で呪術の紋様が光った。
星矢はその傍に立っている少年の姿を一瞬だけ見る。
だが次の瞬間、光は爆発し石作りの建物を吹き飛ばしたのだった。