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秘計 4

これ以上何事もなければ、瞬はジュネを連れて聖域に戻ってくる。
沙織はその事に安堵したが、女神キュベレーの機嫌は直っていない。
何しろ宴にまで黄金の獅子を連れてきたのである。
美穂と春麗、そしてテティスはびっくりした様子で獅子を見ていた。
ちなみに海の女神達もムーサ達も馴れていたのか、少女達に安心して良いと説明をしていた。

『女神アテナ』
「はい」
不意に女神ニュクスに呼ばれて、沙織は振り返った。
『夜は全てを受け入れます。
そしてその身に陽が昇った者は、ただ見送るだけです』

夜の世界にやって来た者、出てゆく者を女神ニュクスは咎めないと言う。
その言葉に沙織は安堵した。
先手を打たれてしまったが、実際に自分が女神ニュクスに願い出るのは非常に危険な事だった。
彼女はとにかく優しい。
その優しい想いを利用したのだと彼女の子供たちに反感を持たれたら、聖域は夜の安らぎを永遠に失いかねない。
夜の女神に何かを願うのは簡単に出来るのだが、それによる弊害の方が遥に大きいのである。
沙織は夜の時間が人間の領域ではないのだと感じた。
女神ニュクスは東の空を見上げる。
『もうすぐ夜が明けます。聖域に戻りなさい。
これは夢の宴です。
今ならお互いに幻で済みましょう』

これ以上長居し陽の光を見てしまえば、オルフェも海の女神たちも嘆きが深くなる。
夢は夢のままに。
『ただ、夢ならば、どの様なものであっても罪にはなりません。
願わくば善き夢でありますように』

夜の女神の言葉に、沙織は奇妙な感じがした。

急に沙織から聖域に戻るといわれ、オルフェは驚いてしまった。
「我々が先に離れても宜しいのですか?」
その疑問に沙織は頷いた。
「この空間は夜の女神であるニュクス様の影響下に有ります。
ですが、もうすぐヘーメラー様の動かれる時間になります。
夜が明ける前に、私たちはこの場所を離れなくてはいけません」
「……分かりました」
結局、女神ヘカテは自分たちに対しては何のリアクションも示してはいない。
(太古の女神の心を動かす事は出来なかった……)
だが、それでも彼は何処かでユリティースが聞いてくれているような気がした。

『二人とも元気でね』
海の女神たちが名残惜しそうに春麗と美穂を取り囲んで、次々と抱擁している。
このままだと夜が明けるのではと思うほどの数である。
テティスが半分、力ずくで二人を女神たちから引き離した。
この時、一柱の女神が春麗に近付いた。
『あなたの気持ちは、ヘカテ様も判っていますよ。
貴女が忘れなければ、きっと便りが届きます』

彼女はそう言って、再び姉妹たちの所へと戻ってしまう。
「今の方は?」
美穂に聞かれて、春麗はよく分からないと答えた。
実際に女神たちのほとんどは自己紹介などはしていない。
ただ、身につけている装飾品を仮の名前にしていたという状態だった。

(あの人に似ていたけど……、他人の空似よね)
美穂は先程の女性が、星の子学園にボランティアで来てくれて自分に綺麗なショールをくれた婦人と似ているような気がした。
しかし、そんな筈は無い。
それにしても宴の最中に彼女を見かけてはいない。
いつ頃来たのだろうかと、美穂は首を傾げてしまった。
「二人とも聖域に帰りますよ」
テティスに言われて、美穂と春麗は女性たちに手を振りながら宴の会場を離れたのだった。