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秘計 2

『!』
獅子座の黄金聖闘士は剣を大地に突き刺し再び引き抜くと、一瞬だけ感じた声の主の気配へ剣を投げる。
剣は闇の中へ消えたが、次の瞬間には周囲に満ちていた暗い空間が岩肌へと変貌を遂げた。

「なんで分かったんだ」
アイオリアの足下で、アイオロスが身体を動かした。
「兄さん!」
アイオリアは急いで彼の上体を抱き起こす。
「どうしてだ。アイオリア」
再び尋ねられて、アイオリアは困ったような表情になる。
「……兄さんは……俺には助けを求めないだろ」
弟の言葉にアイオロスは言葉を失う。
しかし、アイオリアは堰を切ったかのように言葉を続けた。
「13年前は確かに俺は幼かったかもしれない。 女神の危機に俺のことまで手が回らなかったのは理解できる。
でも、なんで今回も一人で解決しようとするんだ。
俺はそんなにも頼りにならないのか!」
弟の剣幕にアイオロスは手を伸ばして、彼の髪をくしゃくしゃにした。
「えっ……何?」
「お前を頼れば良かったんだな。
もう、あの小さなアイオリアじゃないのだから……」
兄の言葉に、アイオリアはある事実に思い至った。
自分にとって兄は13年前と外見以外は変わらないが、兄には自分という存在は変わりすぎていたのである。
確かに再会した短い時間の中では、兄にとって自分の実力は想像の範囲でしかない。
「ごめん。兄さん」
「まぁ、これからアイオリアの実力を見る機会も多いだろう」
アイオロスは弟の肩を支えに立ち上がろうとした。
だが、背中だけではなく足や腕なども傷を負っていた。
そこでアイオリアは、兄を背負って外へ出ると言い出す。
アイオロスとしては大丈夫だと断る。
だが、
「兄さんを背負う事が出来ると証明をする!」
と、無茶苦茶な理屈を言い始めたので、アイオロスは思わず笑ってしまった。
幼い頃のアイオリアが、同じ事を言っていたからである。

弟に背負われようとした時、彼は出口であろう方向に半人半馬の人物を見かけた。
(師ケイローン……。わたしは光のもとへ戻ります)
地上に戻れば預言の力がらみで問題が発生するかもしれない。
だが、それは問題が起こったときに解決すればいい。
アイオロスはあっさりと割り切った。
なにしろ自分の弟は自分の予測しなかったことを実行してくれたのである。
それだけで彼は、自分の預言がたいしたことがないと思えたのだ。
「兄さん。出口はどっちだと思う?」
弟の問いに彼は、
「感覚を研ぎ澄ませろ」
と答える。
アイオリアは暫く神経を集中させると、先程までケイローンが立っていた方へと歩き出したのだった。


その者は闇の中を素早く移動する。
迂闊にも黄金聖闘士の投げた剣で傷を負ってしまった。
早く闇から脱出しなくてはならない。
しかし、追跡者の方が上手だった。

『随分と仕事熱心だな。 ヘカテ様の次は母上に用か?』
死の神タナトスが前に立ちはだかる。
『母上の統括地で兄弟殺しの劇を演じさせようとするとは、よほど命が惜しくないとみえる』
女神ニュクスに代表される母系神族は特に身内殺しを嫌悪する。

死の神の背後では、ケールたちが怒りの形相で不届き者を見ていた。