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続々・夜行 6

穏やかさの戻りつつある夜の聖域だが、非難の神は他の兄弟姉妹を伴っているらしく闇の深さは尚も増していった。
いつまで経っても、女神が聖域に戻る予兆は見えない。
詳しいことが書かれた記録は既に紛失しているので、神官や女官たちが不安に駆られて落ち着きを無くしているのである。
こうなると、何もしないでいる事自体が混乱を呼ぶ。
教皇シオンは、再び女神ヘカテの神殿へ行ってみることにした。


「誰もいないな」
あと一時間もすれば夜が明けるという時間に、数名の聖闘士が女神ヘカテの神殿へやって来た。
彼らは全員、聖衣をまとってはおらず普段着だった。
多少なりとも過去の文献を読んだことのある者達から、武装して行くことを止められたからである。
確かに女神ヘカテ側が聖衣を正装と思ってくれなければ、事態はややこしい事になりかねない。
「神殿は消えないでいてくれたようだ」
一応、受け入れてくれたのだろうと、シオンは考える。
彼の足元には血で書かれた紋様が、ランプの光に照らされていた。
「随分、空気が冷えておるのぉ」
童虎は周辺をキョロキョロと見る。
「シオン。わしらは呪術に関しては素人同然じゃ。
ここに見張りを一人か二人置いて、交代で様子を見よう」
「そうだな……」
この場所に女神の宴に参加した者達が戻ってくるのかも、彼ら聖域の者達には分からない。
「童虎。ただ待つというのは辛いな」
そうシオンが呟くと、童虎は彼の肩を軽く叩いた。
「わしは待つのに飽きたところだ。今度は迎えに行ってみぬか」
親友の提案に、シオンは思わず笑ってしまった。


他の聖闘士たちは暗い森から薪を集め、聖域から持ってきたランプの炎を種火にして焚き火をする。
そんな最中、紫龍は不意に夜空を見上げた。
「どうしたんだ? 紫龍」
つられて星矢も上を向く。
先程まで星の瞬く夜空だったのに、いつの間にか雲が立ち込めているのか星は見えなくなっている。
「星矢。今夜は月が出ていたか?」
「えっ? 月??」
いきなりの問いに、星矢は首を傾げる。
「いや、気のせいだろう。
こんな天気のときに、月だけがハッキリと見えるわけが無い」
紫龍は自分の疑問を、自ら否定した。
星のない空に輝く美しい月。
本当に月が出ていたのなら、自分以外の人間にも見えたはずである。
(動揺しているのか……)
幻を見るほどに、自分は今の状況に怯えているのだろうか。
彼は苛立ちをぶつけるかの様に、手に持っていた枯れ枝を二つに折る。

焚き火の炎は枯れ枝をくべると、ほんの少しだけ勢いを増した。
女神ヘカテの神殿という場所の特異な性質ゆえか、周辺は静かだったが彼らは何か落ち着けなかった。