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続々・夜行 5

聖域では夜間外出禁止令が出され、一般人の部類に入る者たちは外へ出るのを避ける事態となった。
だが、ミロがデスクィーン島より二人の女性聖闘士を連れて戻ったので、聖域の厳戒体制は女神ヘスティア絡みに関してのみ少しだけ緩和される。
聖域に来たであろう夜の女神の子らに対して雑兵や聖闘士達は、ただ警戒をするしかなかった。

「ムウ様。この本はなんですか?」
白羊宮にいた貴鬼は、奥の部屋から大きな本をムウの元へ持ってきた。
「随分懐かしい本ですね。何処に有りましたか」
ホコリだらけの本は軽くゴミが取られていたが、うっすらと汚れている。
「奥の部屋の箱と壁の隙間に挟まっていました」
何故、今まで気付かなかったのか、不思議といえば不思議である。
ムウはゆっくりと本を開く。
装丁がきっちりと作られていたおかげで、中身は少しも痛んではいない。
「これは昔、師匠が私のために作ってくれた聖衣に関する本ですよ。
何も弟子に見せるだけなのに、わざわざ上質の紙と布を用意して驚いたものです。
本当は自分が装丁をやってみたかっただけでしょうね」
貴鬼はムウの横から本を覗き込んだ。
「聖衣の修復記録ですか?」
「ペガサス達の大々的な修復を何度も見ているから貴鬼には信じられないでしょうが、今まで聖衣の修復は神話の時代から部分的なものの方が多かったのですよ。
確かに大破したのか行方不明のものもありますが……」
それでも、シオンやムウの技術力を持ってすれば、失われた聖衣の再生は難しいことではない。
「ただ、所有者のいない聖衣を再生しても完成にはほど遠い出来上がりになることが多いので、飾る為だけに作り治すようなことはしません」
能力のない者を所有者に選んだ聖衣は、基本的に何かしらの欠陥を抱えている。
それゆえジャミールにある聖衣の墓場に眠る聖衣たちは、新しい所有者がやって来るのを待っているふしもあった。
「ムウ様。この注意というのは何ですか?」
貴鬼が紙に書かれた一文を指さす。
「聖衣の持つ禁忌事項です。
必要とあらば聖衣もまた姿を変えますが、どんな事があっても変貌させてはいけない条件というものがあるのです」
ムウは素早くページをめくる。
「この聖衣に至っては、禁止事項ばかりですよ」
そう言って彼が見せたのは、山羊座の黄金聖衣だった。

重複または二つで一つという組み合わせのもの。
同一にならないもの。
山羊座の黄金聖衣の後ろ足を魚の形にする事は禁忌とする。
内に秘められた力の制御は不可能となり、暴走をする。

そう本には書かれていた。
「魚?」
「もともと山羊座の示すものは、上半身が山羊で下半身が魚という古い時代の神なのです。
それはとても力の強い存在なので、同じ姿を作ると聖闘士の方が取り込まれるという伝承が残されているのですよ。」
それ故に、山羊座の後ろ足は魚ではなく普通の山羊にせざるを得なかった。
先程カミュにもそう説明したが、自分の記憶違いでなくて良かったと彼は思った。
ムウは本を閉じる。
貴鬼はその表紙を名残惜しそうに見ていた。
「貴鬼も、もうそろそろ本格的に知るべきでしょう。
読んでみなさい」
彼は弟子に本を渡す。
貴鬼はムウと本を交互に見た。
そして顔を紅潮させると、
「はい!」
と、言って椅子に座って最初から本を読み始めたのだった。